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三語に挑戦  投稿者:片桐秀和 投稿日:2008/08/17(Sun) 15:52 ID:8cXZwRXY No.1101 引用

三語開催です。

 期間は明日17日夜12時まで。
 長さ不問。間に合わない場合は未完でもかまいません。
 唯一の縛りとして、お題だけはちゃんと消化して下さい。
 せっかくなんで、ホラーに挑戦するのも楽しいですよね。
 ということで、レッツライティングなのです。

 お題
「雷」「カブトムシ」「写真」
- Count.22 (Last.2008/08/17 15:34) -

レスが6件省略されています。[スレッド全体を表示]


無題  片桐秀和 - 2008/08/18(Mon) 00:00 ID:4UTRZm/M No.1108 引用
 注:グロテスクかもしれません。汚い話が駄目な方はご無理をなさらぬよう。
 

 雷をきっかけにに雨は降り出した。
 大粒の雨はとたんに激しく地面を打ち、黒いアスファルトをいっそう暗く染め上げていく。
 小高い丘の上にある学校の帰り道に急勾配の通学路がある。道の一方から崖を見下ろす坂道だ。
 そこにに二人の少女が立ち尽くしていた。激しい豪雨が衣服を濡らされ、張り付いた海藻のようになった髪からは、雨の雫が絶えることなく流れている。
「何を入れたのよ!」
 一方の少女が叫んだ。美しい少女だ。眉間に皺を寄せ、悲痛な叫びを上げてもなお美しさは損なわれていない。
「わたしはあなたのためを思って――」
 糾弾されているもう一人の少女が、そうおもむろにつぶやいた。お世辞にも美しいとはいえない少女。むしろその対極として見られることが多いだろう少女だ。
「黙りなさいよ!」
 美しい少女はそういって相手の頬を容赦なく叩いた。口の中が切れたらしく、醜い少女の口元から血がたらりと垂れた。
「葉子ちゃんは、すぐ怒るんだから。良いじゃない。せっかく面白い体になれたんだから」
 そう言うと、醜い少女は堪え切れないように背中を震わせ、フフと嫌らしい笑みを漏らした。あるいはその少女にとっては悪意からでた笑みではなかったのかもしれない。しかし葉子には激昂を誘う意外の何ものにも感じられなかった。
 奇声を発した後、両手を突き出し、醜い少女を崖に向かって突き飛ばした。状況を理解できぬままにフェンスを後ろのめりになって転げ落ち、何度となく崖の隆起した岩にぶつかりながら、醜い少女は落下していった。まるでゴム人形のように、一切の抵抗も出来ぬまま、体を不自然なまでに折り曲げ、骨の砕ける音を幾度か響かせ、醜い少女は崖の下の藪に消えていった。
 葉子は肩をいからせたまま、荒い呼吸を繰り返していた。雨がさらに激しく地面を打つ。
「あんたが、あんたが――」
 何度もそう言い放ったのち、彼女は不意にその場にくずおれると、口元を押さえながら何度となく嘔吐した。
 雨に胃液の混じった吐しゃ物が拡散していく中で、その一部がもぞもぞと蠢いていた。

 窪田葉子が三河早苗の友人なのは、傍から見れば奇妙な取り合わせだった。
 葉子は明るい性格で話も上手く、また何より際立った美貌を兼ね備えていた。むしろその美貌が彼女の明るい性格や自信を感じさせる話し振りを可能にしているとも言えただろう。
 対して三河早苗はお世辞にも褒められた容姿をしておらず、何かにつけて周囲の人間からそのことを揶揄されることが多かった。そのたび早苗は苦虫を噛み潰したような悲痛な面持ちで、俯くばかりだった。
 葉子はどういった巡り合わせからか、小学校三年からその時中学二年に至るまで、ずっと同じクラスに在籍していた。葉子は内心教師たちが友達のいない早苗を気遣って、自分と同じクラスに振り割っているのではないかと考えることさえあった。葉子はからかわれている早苗を眼にする度に、彼女をかばい、慰めた。真っ赤に充血した眼をハンカチで拭う早苗は、そういったことがある都度、葉子に感謝の言葉を並べた。
『ありがとう、葉子ちゃん。葉子ちゃんは本当に優しいね。わたしは駄目だね。全然駄目だね』
 そういう早苗に対し葉子は、
『そんなことないよ。今はたまたまそういう時期だってだけ。わたしが困ってる時は、早苗が助けてね』
 と言って、慈愛を込めた笑みを浮かべるのだった。そんな時の自分を葉子は気に入っていたとも言える。
 
 葉子が早苗の友人であり続けるもうひとつ理由がある。才色兼備である葉子も、家庭には問題を抱えていた。両親が小さい頃から不仲で、小学校三年の時に離婚したのだ。母親が実家に帰り、葉子は父と一緒に暮らすことになった。ひとつには、母の不倫が離婚の原因だったこと、また、育ちなれた都会を離れて、田舎の学校に通うことを葉子自身が抵抗したためだ。一人っ子である葉子は、父との二人暮らしに次第に慣れていったが、ひとつ問題があった。学校の行事で遠足などに出かける際、父の弁当がいかにも無骨で、恥ずかしい思いをしていたのだ。
 遠足で小学校付近に出かけた際、葉子は珍しく早苗を誘って弁当を食べた。他の子供たちは葉子のその行動に違和感を覚えていたが、弁当を食べる友人さえいない早苗を気遣ったのだろういうことでとりあえずの納得を得たようだった。
 早苗が好む、人の少ない木陰を選んで二人は弁当を食べた。自分の無骨な弁当を見られるのが早苗一人に対しても気恥ずかしく、葉子は蓋で半分弁当を隠してそれを食べた。
『葉子ちゃん』
 押し黙って弁当を食べていた早苗が、不意にそう呼びかけた。
『何?』
『お弁当、わたしが作ってあげようか? これから遠足に出かける時は、わたしが』
 これを聞いて葉子は初めて早苗の瞳を真正面から見据えた。
『早苗ちゃん、お弁当作れるの?』
『うん、去年から自分で作ってるよ。こういうのしかできないけど』
 早苗の見せた弁当は、葉子が思い描くような、女の子らしい色取り鮮やかな弁当だった。
『すごいね。こんなお弁当作れるんだ。本当にわたしの分も作ってくれる?』
『いいよ。これからはずっとわたしが実ちゃんのお弁当作ってあげるからね』
『皆には内緒にしてくれる?』
 そう言う葉子に早苗は一瞬不思議そうな表情を見せるが、葉子が『二人だけの秘密にしようよ』と言うと、途端に顔を輝かせた。
 中学生にもなれば、葉子も弁当くらいは自分で作れるようになったのだが、学校行事で出かける際は、早苗の希望通りに彼女の弁当を受け取り、彼女と昼食を必ず共にしていた。
 実はクラスの中でも中心にいる自分といることが、早苗にとっては誇らしいことなのだろうと自分なりに理解していた。
 ただひとつ、気にかかっていることがあった。早苗の弁当を食べて数日間はどうも体調がよくないことがあったのだ。気のせいと思えばそれで済むようなささいな腹痛があるほどだったのだが、小さな違和感として葉子の中に引っかかっていた。自分と接する早苗は一切引け目を感じている様子もないので、やはり気のせいだと思うようにしていた。しかし年を重ねるごとにその違和感は増して行った。

 中学二年の夏、葉子のクラスは京都観光に出かけることになった。一泊の旅行だ。
「ねえ、早苗も一緒に写真撮ろうよ」
 寺社の仏閣で葉子は早苗に声をかけた。葉子は数人の女友達と行動を共にしていたが、そんな時、一人で佇んでいる早苗を見つけたのだ。
「わたしはいいから……」
 そういって、居心地の悪そうにする早苗を強引に引っ張り、葉子はファインダーの中心に並んだ。周りの女友達はいささか面食らっていたようだが、すぐに気持ちを取り直して、各人がポーズを取る。
 葉子が得意の笑みを浮かべながら、横目で早苗を見ると、俯いて視線を地面に向ける早苗が見てとれた。少し強引過ぎただろうかと気になったが、結局構わず視線をファインダーに向けた。

 昼食時には早苗と二人で弁当を食べることになった。早苗は葉子以外の人間がいると居心地が悪そうなのを気遣ってのことだった。
「本当に毎年ありがとうね。早苗」
「良いよ。わたしにはこれくらいしかできないし」
「もう、そういう言い方はなしにしようよ。わたしは凄く感謝してるんだから」
 早苗がバックから出した弁当は桜柄の布に包まれていた。
「今日はどんなおかずなんだろう。これが毎回楽しみなのよね」
 そう言いながら葉子は包みを解いていく。
「今日はハンバーグが入ってるの。早起きして仕込んだから、美味しいとうれしいんだけど」
「早苗のお弁当が美味しくないわけないじゃない。良いわね。わたしもちゃんと料理を覚えないと」
「今度教えてあげるよ」
「ありがとう。うわ、凄いね。美味しそうなお弁当だ」
 ソボロやスクランブルエッグ、グリーンピースなどで綺麗に盛り付けされた弁当は、確かに食欲を誘うものだった。ウインナーや果物にも細工が施されており、早苗の凝りようがうかがい知れた。
 葉子は箸で弁当を口に運びながら、早苗に色々と話しかける。早苗は一応の相槌を打つが、どこか心ここにあらずといったふうに、チラチラと葉子が料理を口に運ぶさまを観察していた。
 ――味に気になるところでもあるんだろうか。
 葉子はそう思いながらも、平静を装って弁当を食べ続けた。
 違和感を感じたのはハンバーグを食べた時だった。肉の中に、何か粒状のものが入っている気がする。それに舌が少し痺れるようにも感じた。
 ――まさか、ね。
 何かおかしなものが入っているのではないかなど問えるばずもなく、葉子は違和感と共に肉の塊を嚥下した。水筒から冷たいお茶を注いで飲み、喉に残った気持ち悪さを洗い流した。
「食べてくれた。ありがとう。葉子ちゃん」
 早苗が口走ったのは、葉子がお茶を飲み終えたその時だった。
「美味しかったよ。ちょっと不思議な味がするのもあったかな。新作の料理?」
「うん、そうなの。そうなの。実ちゃんに食べて欲しかったの」
「何かな? どれだったんだろう」
「これで葉子ちゃんは聖母様になったんだよ。嬉しいな。聖母様の友達ができるなんて」
 夢見心地に分けの分からないことを口走る早苗に、葉子は底知れぬ気味悪さを覚えた。いや、気味悪さは早苗の発言からだけ湧き上がるものでもなかったのかもしれない。
「ねえ、何を入れたの? 多分、特にこのハンバーグだと思うんだけど」
 青ざめた顔で問いかける葉子をよそに、早苗は満面の笑みを浮かべて言った。
「有精卵。魚や虫やそれから、ふふ、最後は内緒」
「冗談でしょ?」
「本当だよ。今までずっと色々と試して来たんだけど、わたし馬鹿だから、無性卵を入れてたみたいなの。だから今回は、色々と苦労して有精卵を集めたんだ。魚屋さんに頼んで分けてもらったり、藪の中でいろんな虫の卵を集めたの。小さいのが沢山だから、全部お弁当に入るか心配だったけど、葉子ちゃんは全部食べてくれた」
「何のために、そんな事……」
「だから聖母様になって欲しいなって思って。今のままじゃ葉子ちゃんはただ見た目がいいだけだもの。心から色んな動物を愛せる人間になってほしいの」
「ねえ、冗談言ってるのよね。わたしを驚かそうと」
「今まで食べてきたお弁当は変なところなかった? 葉子ちゃんに変わった様子がなかったから、気になってたんだ」
「今までずっと、何か変なものを入れてきたの?」
「うん、昔テレビで見たんだ。ゴキブリを食べた人が、体の中でその卵が孵化して、お腹を突き破って這い出して来たって話。だから私は葉子ちゃんで試してきたの。凄いでしょ。わたしは色んな卵をいれたから、そのうちのどれが孵るんだろうって楽しみだな」
「孵るわけないでしょ。胃酸で溶けるに決まってる」
「ええ、そんな。怖いこと言わないでよ。でも安心して。わたしも自分なりに色々工夫はしてみたから。あとは実ちゃんの頑張り次第」
「もう、あなたとは付き合ってられない。もうこれからはずっと一人で孤独を味わいながら生きていけばいいわ」
 葉子がはき捨てるようにいうと、早苗は、フフと小さく笑った。
「ほら、本性がでた。葉子ちゃんはそういう人よね。さっき写真とった時も、私を横に置いとけば、自分が見栄えするって思ったから誘ったんでしょ。まったく、他人を利用するのが上手なんだから」
「勝手に言ってなさいよ。もう付き合ってられない。」
 葉子はその場を吐き捨てるように言うと、その場を立ち去った。早苗が自分の背中をずっと見続けているようで、やたらと気持ち悪かった。
 
 初めの嘔吐は、寺社からホテルへ移動するバスの中で起こった。
 隣に座っている女友達と談笑していると、強烈な吐き気が葉子を襲ったのだ。気づいた時には嘔吐し、吐瀉物が車内に歪な円を描いていた。
「大丈夫?」
 隣に座った友達が言うと、急いでビニール袋を差し出した。嘔吐に際する吐瀉音と、広がる胃液のため、すぐにバス中に異変を悟られた。葉子は周囲の男子たちが、意地の悪い言葉を漏らしているのを聞きつつも、絶えず起こる吐き気が堪らず、差し出されたビニール袋の中に続けて嘔吐した。
「誰か窓開けろよ。臭いって」
 ぶっきらぼうに放たれる言葉が、葉子の心を引っかく。自分の恥部を見られているような気持ちだった。
 憔悴する葉子はしかし、さらに愕然とする事実に気づかねばならなかった。
 二度目の嘔吐でビニール袋に吐き出された吐瀉物なかで、蠢く稚魚の姿を見つけたのだ。黄色い吐瀉の液体の中を、半透明の稚魚が溺れるようにして蠢いている。ビニール袋は白く、葉子にしか分からない事実だったが、葉子はそのまま気絶し、いまだ乾かない吐瀉物の中に崩れ落ちた。

 ホテルで休養を取りつつ憂鬱な夜をすごした後、帰りの新幹線でも嘔吐は起きた。
 ようやく気分が落ち着いて女友達と、気分をとり繕うに無難な会話をしていると、突如葉子は胃液が逆流する間隔を覚えた。「ごめん」と葉子が言ったのを最後に、座席に座ったまま吐瀉物がスカートの上に溢れた。
「ひっ!」と、隣に正面にいた女生徒が叫んだのは、何も吐瀉そのものに驚いたからではない。「何? この虫?」
 彼女が言うように、葉子が吐いた吐瀉物の中には、まだ卵から孵化したばかりと思える、小さなカブトムシの幼虫が浮かんでいた。
 葉子は青ざめた表情からさらに血の気を引かせながらも、その幼虫をハンカチで掴んで、スカートのポケットにねじ込んだ。
 女生徒は見間違いと思い直して、葉子に介抱の言葉を投げかけるが、その表情は見てはならないものを見たといったように、強張ったままだった。
 葉子は無言でトイレに駆け込み、喉に指を突き入れて、胃の中身を全て吐き出そうとした。しかし、幾らえずいても、唾液が溢れるばかりで、それ以上何かが溢れることはなかった。


 クラスの京都観光は、一度学校に集まった後解散となり、葉子は人を避けるように、無言で帰路についた。そんな時、実は早苗を見つけ、彼女を責め立てた。早苗は葉子が突き飛ばして、雷雨の中、崖の底に転げ落ちていった。その時再び、葉子は嘔吐感に襲われ、雨が煙るアスファルトに吐いた。
「何よ? これ?」
 吐瀉物に中に蠢くそれは、これまで以上に、常軌を逸したものだった。人の嬰児に違いなかった。「ギャア!」と大気に触れて泣き出したそれを、葉子は愕然として見つめる。
 早苗は言っていた。
『有精卵。魚や虫やそれから、ふふ、最後は内緒』
 ――そんな、まさか。受精した人の卵子をどうやって。聖母さまって、まさか、そういう――。馬鹿な。こんな。おかしい。全部が。もう、駄目だ。
 葉子は嬰児の首をつまみ上げると、それと共に早苗が落下した崖に向かって飛び降りて行った。
  
 終


 ううむ、ちょっとはホラーになってましたでしょうかw。途中まで書いてたのを放棄して一から書くってことになったので、推敲不足はご勘弁を。深謝。
- Count.23 (Last.2008/08/17 15:52) -


無題  日原武仁 - 2008/08/18(Mon) 19:05 ID:mFp02PYY No.1110 引用
 ……期限を大きく越えてしまい、今更感たっぷりですが投稿させて頂きます。昨日の有明は熱かったのですよ……

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「理恵ちゃん。セミさんですよー」
 洋子は掴んだセミを嬉しいそうに私の目の前に持ってくる。その誇らしげな様子は小さい子が自分の成果を親に自慢するみたいで、はたから見れば微笑ましいものがあるかもしれない。
「ああ、セミね」
 それに対し、木陰に座って読書する私の返答は至極素っ気無かった。チラリと一瞥をくれただけで、すぐさま目線を下に落とす。
「むー」
 洋子はそんな私のリアクションが不服なのか、不機嫌そうに頬を膨らませたような声を残し、再び林の中に入っていった。
「ステレオー」
 帰ってきた洋子は両手にセミを持っていた。
「…………」
 軽く視線を上げるだけの反応を示して私は無言。今年の夏はあまりセミの声を聞かなかったけど、だからって好き好んで聞きたいとは思わない。
「むむぅー」
 唸るような声を残して洋子はまたもや林の中へ入っていく。
「5.1chー」
 前髪に一匹、後頭部に二匹のセミを私に付けると、洋子は両手のセミを私の耳の辺りに突き出してくる。
 ははぁ、なるほど。こうする事によって平面的なセミの声が立体的に、まるでその場にいるように聞こえてくる……!
「……て、うっさいわっ!」
 叫ぶと立ち上がり、洋子の頭に握った拳を叩きつける。
「へぶっ!?」
 聞きようによっては可愛らしい声を残して洋子はその場に倒れ伏した。


 私、島宮理恵のクラスメートである高梨洋子は宇宙人だ。ウェーブの入った背中まで届く茶色がかった髪に、美人とも可愛いとも言える絶妙なバランスの整った容姿。全体的な肉付きは薄いけれど、そこそこのスタイルという羨ましい外見からはとても想像つかないけど。
 そんな彼女と二人っきりで私は今、カブトムシを捕るために街外れの雑木林にいる。どうして高校二年にもなって、小学生男子のような夏休みの一日を過すはめになったのかといえば、それは朝方にまで話は戻る。
「カブトムシさんはすごいのですよー!」
 朝の九時にいきなりやってきた洋子は開口一番、手をぶんぶんと振り回して興奮も露わにそう言った。
「クワガタムシさんもコガネムシさんムカデさんも敵わないのですよ。まさに虫の王者にして甲虫キングです!」
 あー、なるほど。おそらくはあの虫同士を戦わせるという、最早何番煎じか分からないようなあのアニメを見たのだろう。それでモロハマりをした、というところか。
「なので、今からカブトムシさんに会いに行きましょうー!」
「断る」
 テンション高く言ってくる洋子に、私は即答した。
「夏休みはあと二週間しかないのよ? 日を追う毎に貴重になっていく一日をそんなことに使いたくはないわよ」
 しかもこの夏休みはただでさえ宇宙に行ったり、洋子の身内のトラブルに巻き込まれたりと彼女に振り回されっぱなしだったのだ。いい加減、もう少し普通な夏休みを満喫したい思っても罰は当たらないだろう。
「カブトムシさんと出会えた後は、わたしとのラブラブで甘々な、少女小説も真っ青な時間が待っているですよ?」
 なぜだか得意げで、しかもそこはかとなく恥らうような顔を見せる洋子だった。 
「いや、そんなのは交渉材料にならないから」
 まったくもって困ったことに、洋子は私の彼女を自称している。百合趣味の欠片も無い私としてはいい迷惑だ。しかも、周囲が妙に好意的な目で見守っているような雰囲気なのはどういうことだ?
「もー、照れなくてもいいですよ? 理恵ちゃんはあれです、ツンデレです。素直じゃない理恵ちゃんだからわたしが強引にリードするのですよー」
「ちょ、人の話そのまま受け止め――!」
 自己中に解釈し、捏造した私の心情をのたまうと、洋子は私の手を取った。
 瞬間、私と洋子の身体が中に浮き、軽く酩酊したような――お酒を飲んだことはないけれど、話を聞いているときっとこんな感じなのだと思う――感覚が襲ってくる。
 私は思わず近くにあった文庫本を手に取った。何がしたかった訳でもないけれど、身体を固定するための何かがしたかったんだと思う。
「じゃーんぷ!」
 嬉しそうな洋子の声と同時に私の視界が切り替わった。


 とまあ、そんな感じで。
 私は洋子の宇宙的技術、または宇宙的パワーによって雑木林に――なぜか靴も履いて――瞬間移動させられていた。
 これを体験するのは今回で四度目だ。最初こそ戸惑ったものの、さすがにこれだけ数を重ねればいやでも慣れてしまう。――例えそれが慣れたくないものだとしても。
「……怒ってますですか……?」
 そんな弱々しい声に振り向けば、捨てられた子犬のような目で私を見る洋子が視界に入った。
「……はぁ」
 私は嘆息する。本来なら、ここでガツンと叱るなり怒るなりするのが筋なのだろうけど……今更そうしたところでどうなるものでもない。来てしまったのなら来てしまったで楽しんだ方が前向きで、精神衛生上もいいように思う。まあ、ただ単に何だかんだと言っても、私が洋子に甘いだけかもしれないけど。
「別に怒っちゃいないわよ。こういう無茶は今に始まったことでもないからね。ただ……」
 言って、私は洋子の目を見る。
「もう少し私の都合と言うか、言う事を聞きなさい。先走りが多すぎなのよ、あんたは」
「気を付けるです……」
 俯く姿といい、目に見えてテンションの低い洋子だった。まったく、微妙に後悔するくらいなら最初からこういうことをしなければいいのに……と、思う。まあ、それが出来ないのが洋子の気質なのか、宇宙人だからかは分からないけど。
「ほら、しっかりしなさい」
 私は洋子の頭を撫でてやる。
「カブトムシを捕まえるんでしょう? そんな元気の無い事じゃ、捕まるものも捕まらなくなっちゃうわよ?」
「分かりましたです!」
 洋子は両拳を握り締め、気合いの入った顔をする。
「理恵ちゃんの期待に――愛に応えるためにわたしはがんばるのですよー!」
「いや、愛はないから。微塵も」
 そんな私のツッコミは、空に向かって「エイエイオー!」と叫ぶ洋子に届いてないことは明白だった。


「雲行きが怪しくなってきたわね」
 ここに来て三時間ばかり経った頃だろうか。にわかに空が鈍色に曇り始めてきた。ここ最近、雨といえば激しい雷付きの豪雨ばかりだから、こんなところで降られたらたまったものじゃない。
「洋子、そろそろ帰るわよ」
 早々の撤退を決め込むために、私の膝を枕にして眠っていた洋子の肩を揺する。
 今日の洋子は本当に小さな子供と変わりが無かった。林の中で大はしゃぎしたと思ったら、急に「眠いのですよ……」とか言い出して私の側で寝転んだと思ったら、すぐに寝息をたて始めてしまったのだから。
 さすがにそのままにしておくのも忍びなかったから、洋子が起きないように気を付けながら頭を膝の上に乗せたというわけだ。
 何と言うか、自分でもマズい事をしているような自覚はある。こんな姿を知り合いに――特にゆかりなんかに――見られたり、写真にでも収められようものなら、私の何かが終るのは間違いない。
 なのだけれど――まあ、ここは雑木林の中だし、今日の洋子は本当に子供みたいで、少しくらいはこういう構い方をしてもいいかな、とも思う。もしかしたら母性本能というのはこうのを言うのかもしれない。
「う……ぅん……」
 むずかりながら洋子は身体を起こして目を擦り……はっと何かに気付いたように私を見た。目を丸くして驚く様が、悔しいくらいに可愛らしい。
「……も、もしかして……。理恵ちゃんに膝枕されてたんですか……?」
 恐る恐るに訊いてくる洋子に、私は頭を縦に振った。
「な、なんてことでしょう……!」
 洋子は真剣な顔で頭を抱えながら言葉を続ける。
「どうして身体を起こしてしまっているんですか! そうと分かっていたならもっと理恵ちゃんの膝枕を堪能できたのにっ! ああ、なんて勿体無い……! なので理恵ちゃん!」
 洋子は私の肩をがしりと掴み、とんでもなく真剣に、見たこと事もないくらいに必死な形相を見せてくる。寝起きのせいか、ぼさついた髪が変に振り乱されたように見え、ちょっとイっちゃってる感が一杯で、すっごく怖いんだけど。
「もう一度膝枕をして欲しいのです! 記憶に生々しく残るような柔らかくて甘美な膝枕を!」
「嫌よ。あれはただの気まぐれ――気の迷いだから忘れなさい」
 洋子から視線を外すように、澄ました顔でぷんと顔を背ける私。
「ううぅ……。この地球に大宇宙神様のご威光はないのですか……」
 何やら怪しい宗教的な(宇宙的な?)意味不明なことを呟きながら洋子はうなだれ、肩を落としていた。
「ほら、帰るわよ。今にも雨が降ってきそうな暗さじゃない。こんなところで雨に濡れたら風邪をひいちゃうわよ」
 そう言っても、洋子は立ち上がるどころか顔を上げようとさえしない。うわ言のように「膝枕、膝枕、膝枕……」と繰り返すだけだ。
「あー、もう。分かったわよ」
 髪を乱暴に掻きながら、本日何度目かの嘆息を口から漏らす。ため息をつくと幸せがひとつ逃げていくと言うけど、きっと私の幸せ残量は、この宇宙人と出会って以来、激減しているに違いない。
「雨が降る前に家に帰れたら膝枕してあげるから、さっさと立ち直りなさい」
「分かりましたです!」
 うわ、早っ! 私が言い終わると同時に立ち上がったってことは……私から膝枕の確約を引き出すための交渉的な演技だったということか……!
「さあ、帰りましょう。さっさと早々に一刻も早く一目散に帰りますよー」
 心底嬉しそうに洋子が私の手を握ると、ふわりと足が地面を離れ、あの感覚がやってくる。
「ちょっと、タンマ。今の無し! だから――」
「じゃ−んぷ!」
 私の言葉に洋子が耳を貸すはずもなく、私の視界は強制的に切り替えられたのだった。
- Count.8 (Last.2008/06/27 02:51) -


まずは三作に  片桐秀和 - 2008/08/18(Mon) 21:16 ID:4UTRZm/M No.1111 引用
「座敷童連れの幽霊担任」 ω ̄)さん。

 恒例と言えば恒例になりつつある、ミニイベント板における夕凪さんの諸作ですが、一貫して、似たような(同一の?)人物、似たようなテーマが描かれていますね。どこまで実話を元にしているのか分かりませんが、その記憶力や執着心に驚かれます。
 文章自体には味があると思うんですが、やはり読みにくいので、更なる整理が必要だと思います。読んでるうちに、何がなんだか分からなくなってきます。普通の文章になると、もう夕凪さんの作品って感じはなくなるので、難しい按配だと思いますけれど、僕としてはやはり全体の整地を期待したいところです。

「向こう側にはカブトムシ」  ritoさん

 高校生の日常感がとてもよく出ていたと思います。ただ、カールの袋にアレを混ぜるというくだりは面白かったんですが、僕には唐突感がありましたね。なぜそうなったのかっていう心の流れがもう一歩見えにくかったというか。何となくは分かるようにも思うのですが。むう。
 文章は読みやすくて良いですね。短いセンテンスで統一した、気取らない文章という感じでした。端々に見られる凝った表現も、良いバランスで織り交ぜられていたと思います。

 黄色いワーゲン  G3さん

 ふーむ、不思議な話でしたね。色々と考えられるんですが、やはり終盤の転回がいささか急に思えて、深読みしようとする前に終わってしまったという感じでした(読みが浅いのでしょうが)。もう少し伯父の人物が見えると良かったのかもしれません。
 文章は頭に入って気やすく、読むのが心地よかったです。波長が合う文章とだったとでも申しましょうか、またこれからも読ませていただきたいなと思いました。


 と、今日はひとまずここまで。
- Count.24 (Last.2008/08/18 00:00) -


次は三作に感想  片桐秀和 - 2008/08/21(Thu) 00:24 ID:uP0oo4S6 No.1113 引用
「森とぼくらの秘密」  さとうかずみさん

 ほう、今回はこういった趣向でしたか。途中までいつからBL調に変わっていくのかなと思っていましたがw、今回は少年たちの友情が起こす不思議な話でしたね。良かったです。
 やはり安定した筆力をお持ちで、読んでいて気持ちの良い文章でした。詰まるところが一切なく、スラスラと入ってきたという感じです。
 もう少し葛藤や、闇の恐怖感等のサスペンス性を演出すると、さらに読ませる作品になると思いました。


「夏の雨」  八回さん

 まず残念な点が一点。お題の「写真」が入っておりませぬw。フィルムカメラって言葉はあるんですけどね。忘れてしまったのでしょうか。ちょっと残念です。
 話としては、どうも捉えどころがないまま終わってしまったという感じなのですが、ポリバケツの件は好きでした。
 ともあれ、いつもと違う八回さんが見れたのはうれしかったです。


「カブトムシの怪」  ウィルさん

 ライトノベルですね。本当にライトな文章といった感じです。読みやすいのですが、流れすぎるといった感じも受けます。ポイントポイントで、印象的な言い回しを配置していくと、僕としては印象が良くなっていくのではないかと思いました。
 ハクイ、りんご、義武と、もう名前を覚えてしまいました。愛着のあるキャラなのでしょうか。こういう手持ちのキャラと使うという三語も面白いですが、まったくのゼロから書くという挑戦にも期待したいなと思います。
- Count.25 (Last.2008/08/18 21:16) -


完走です  G3 - 2008/08/22(Fri) 00:52 ID:Ld4NeLKc No.1114 引用
yuki.gif どうもG3です。遅くなりましたが感想を……。と言っても時間が無くて、あんまりちゃんと読めていないかも知れません。今日もこの時間だと明日の仕事がヤバイかも。。。(^_^;)
――感想――
◆ 座敷童連れの幽霊担任  ω ̄)様
 先ず、お題で「雷」「甲虫」は見つけたのですが「写真」が何所に在ったかわかりませんでした。使えそうな場面はあったと思いますがその辺どうなのでしょうか?
 作品的には片桐さんの仰るようにω ̄)さんテイスト溢れる作品だったと思います。(夕凪さんと同一人物なのですか?〒凪さんも同じヒトですか?)書くたびに作風が変わる私としてはその辺は見習うべきなのかも知れませんね。
 が、私には章と章のつながりがあまり良くわかりませんでした。時間的な飛び方とか……。単純に読めていないだけかも知れませんが。

◆ 向こう側にはカブトムシ  rito様
 はじめまして(でしょうか?) 幼虫で来ましたか!(って言える立場じゃ無いですね)まあよくTVで極端に薄着のヒト達が好んで食してたりするので、そんなに驚きはしませんでしたが、やはり想像するとかなりキモチ悪かったです。全体としては死んだ親友(ですよね?)に義理立て?して無茶をやらかす感じが、なんか「若いってイイナァ」って感じで好感が持てました。
ただ >親友というのに程近い関係の花山付きで〜〜 の部分は、その後の展開を考えるとちょっと腑に落ちませんでした。本当は親友の逆説的な意味だったのか?
 ちなみに私も最初が「ご」で最後が「り」のアノ生き物は大嫌いです。念の為ですが「ゴスロリ」でも「ゴマスリ」でもありません。

◆ 森とぼくらの秘密  さとうかずみ様
 何だか少年愛の薫りが漂う作品でしたね。でも少年の現在の年齢がよく判らなかったです。(一応2回読んだのですが)中学1〜2年ってトコでしょうか? 幽霊話しなのはわかったので怖いのかと思いきや、不思議とココロ癒される気がしました。ところで、写真に写った第三の少年は、お父さんには見えてないのでしょうか? 撮影時に見えていなかったものが写っていたら騒ぎになるかなあ、などと……。

◆ 夏の雨  八回様
 何とも表現のし様が無いですね。ポリバケツが笑いながらの部分は、最初に読んだ時は違和感バリバリだったのですが、二〜三回読んでみると、転げ落ちていった感じは「なるほどぉ」と思いました。
 しかし……今年のスイカって、私は食べたのだろうか?

◆ カブトムシの怪  ウィル様
 カブトムシを捕りに着て、捕れなかった人の怨みが集まったのでしょう、とは、面白い発想だと思いました。きっとカブトムシを捕りに来て命を落とした人のじゃ無さそうなので、生霊みたいなものなのでしょうか? ちなみに最後の追伸の部分。ああいう感じって割と好きです。

◆ 無題  片桐秀和様
 グロ、というか気持ち悪かったですね。ウェッって感じでした。生ゴミ食わされたみたいなというか。話的には特に意地悪でもない葉子ちゃんが酷い目に合わされてあんな最後を迎えるという部分には賛同しかねました。もうちょっと意地悪な子だったらこんなにココロ傷まなかったのに……。まあ、そういった事も含めてそういう設定なのでしょうケドね。ところで、実ちゃんという単語が出てきますが、誤字でしょうか?

◆ 無題  日原武仁様
 はじめまして(だと思います)なんだかコミックかアニメを見ている様な感じでした。5.1chは笑えた。この感じは結構好きです。瞬間移動のあたりもそういう能力なのか、単に茫然自失しているうちに連れて来られたのかのわからなさ加減が良いと思いました。

――自作について――
 急いで書いたので殆ど推敲をしてませんでした。なので、叔父を伯父に変えたときにヘンな表現が残ってしまいました。又、グロ−ブボックスとダッシュボードも間違えました。全体的にはあらすじを書いてから台詞を書き加えていったのでかなりすっ飛ばした感じはあるかもしれません。(私のは大抵そうですが)いつか書き上げて一般版にでもだせたらと思います。では。
 三題ホラーも書いてるのですが、あらすじだけ出来てから全く進みません。いつも書き始めたりするのですが、殆ど出品できません。今回もムリかなぁ。。。
- Count.2 (Last.2008/08/17 17:49) -


遅れましたが感想を  rito - 2008/08/22(Fri) 21:15 ID:3vy.Sf/w No.1116 引用

*夕凪さん*
そういえば夕凪さんに感想送ったことないかもしれませんね
あわわ よくもらっておいて 何してるんだ; 
ということで感想を
夕凪さんらしい感じがしました あんまりこう文に個性を持てる方って少ないでしょうね
夕凪さんの体験からの作品なんですよね?(多分)
もっと間の何かがないとなかなか頭の中で繋がらない感じがしました
うーん 難しいな 頭悪いの直したいw
ではでは

*G3さん*
はじめましてですね
ちゃんと挨拶できてませんでしたね すみません
以後よろしくです

さて感想をば
ふうむ こういう誰かの過去を辿っていくお話って書いたことないんですよねぇ
プロさんの作品でもよく目にする手法(?)ですよね
手の輪郭はしっかりしてるのに その先はぼんやりと って印象でした
何言ってんだって感じですがw
なんだかモヤモヤとしたものが残りました
嫌なものじゃないんですけど 
伯父の記憶を封印させていたのは何だったのよー 教えてよー って感じでしたw
なんだかレトロな雰囲気が好きでしたね
なんとなくワーゲンに彼女がとり憑いてる気がしました 違うかw

感想の返信もちょこっと
キモチ悪かったですか やった 成功ですw
義理立てというか うーん 何書きたかったんだろう…自分
前半かいてる日と後半書いてる日違うからでしょうか
バラバラしてしまいましたね
誤字もあったし あ゛ーって感じです あははw
ではでは

*さとうさん*
んとー 私も彼らの年齢がイマイチ分からなかったです;
「ぼく」と使うとどうしても幼い感じがします
だけど小さい頃の写真取り出して… あれれ?って感じで転んじゃいました
あともっと幽霊のこと怖がちゃってもいいかなって…
作品からくるやわらかい雰囲気 いいですね
もっと広げちゃって下さいw
ではでは

*八回さん*
夏のある一日を覗いた感じですね
>空色のポリバケツが、笑いながら庭を転がっていった
ここ なんだか一番印象に残りました
すごく目に映像が浮かんで 私は好きですね
長いのも好きだけど こういう短いのもいいですね
話とかじゃなくて 文章を魅せるって感じがしました
ではでは


今日はこのくらいで
ではまた
- Count.4 (Last.2008/08/17 16:57) -


感想  八回 - 2008/08/23(Sat) 09:47 ID:4jkUhOhI No.1117 引用
>夕凪さん
何度か読ませてもらっている中で、ようやく夕凪さんの文章になれてきたんでしょうか。やっと話の筋のようなものが見えてきた気がします(^^;
もっと文章に違和感がなければ、きっと話の中に入れると思います。

>ritoさん
うーん。確かに“キャラの死”というのがどうも逆に安っぽく見えてしまっているような気がします…。東京と田舎との離れ離れ、というだけでも成立しそうな気はするんですが、どうでしょうね。
幼虫を口に入れるという行為を、実際にしてしまうところがナイスだと思います。もっとぐにという噛んだ感触とか、舌に触れたときの味なんかも表現できるといいですね(^^)

>G3さん
ミステリ風ですね。
はじめの情報の出し方に、もっと工夫ができるんじゃないかなと思いました。書斎の机の上に「ワーゲン=ミニ ヤナセ」という文章を残すことにどんな意味があるのかな、とも考えますし。ばらばらに見えるもの(死因、ミニという女性、カブトムシ)が、やがて収束していくような、そういうものがもっと感じられるといいんじゃないか、と思います。

>さとうかずみさん
ナイスな終わり方ですね。
幽霊(?)の表現の仕方に、もっと工夫があっても良かったんじゃないかな、と思いました。
子供の間の友情、信頼を描いたものとしては、もう少しキャラが傍に感じられるといいのかな、と思います。私の読んだ限りではまだまだ「文章の中の登場人物」という認識から出なかったように思います。

>ウィルさん
カブトムシを捕まえられなかった怨念の集合、というのは面白かったです。
全体的に唐突、安易と感じました。読み物として楽しむものにするには、やはり何かしら“新しさ”というものが要ると、私は考えています。それは単純にまだ読んだ事の無い文字列の並び、というものではなく、それを書く心持ち、と言いますか。“まだ世に無いものを作ってやろう”という心意気だと思うんです。

>片桐秀和さん
これは、来ましたね(^^;
単純に口に入れたものだから、数日経てば後ろから出るのでは?とも思いましたが、アイデアとしてはナイスだと思いました。
安心して読むことの出来る文章ですね。

>日原武仁さん
何か出来事がほしかったですね。
普通に日常が流れていった、という印象でした。せっかく魅力的に下ごしらえはできているのに、そこから何もないのが残念でした。
- Count.43 (Last.2008/08/17 23:04) -


感想、残りの一作  片桐秀和 - 2008/08/23(Sat) 14:28 ID:Ar2oCH6U No.1119 引用
「無題」  日原武仁

 展開自体はあまりなかったかなと思いますが、楽しい作品でした。最近流行り(?)のキャラである理恵に対する語り部役の冷静な突っ込みが良いですね。即興で作ったキャラではなく、何度かご作品に登場しているキャラなのでしょうか。こういうキャラが掛け合う作品を久方ぶりに読んだこともあって、僕にとっては新鮮でした。
 文章はラノベ文体(でいいかな)として読みやすく、ユーモア性もあってひとつの形態として魅力的だと思います。
 
 時間は遅れてしまわれたようですが、ご参加してくださってうれしかったです。また機会があれば、ご参加くださいませ。


 自作

 まず初めに、気分を害した方はすいませんでした。想定しているより気持ち悪いと感じた方もおられたようで、それが狙いではありつつも、申し訳なく思います。冒頭の文から誤字があったり、「実」という、推敲前のキャラクター名が残っていたり、全体に急いで書いた感がありありで、それもちょっと心残りです。まあ、三語の書き方は特殊なので、三語慣れだけしても仕方ないのですがw。
 ともあれ、また機会があれば参加したいなと今改めて思う次第です(焦ってる時は、もう今回で最後って思うのだけれどw。)。


 最後に。
 参加して下さった皆様、改めてお疲れさまでした。色んな作品があって、読むのも楽しかったです。またこういった機会があれば、お誘いに乗ってくださると、うれしいです。
- Count.26 (Last.2008/08/21 00:24) -


失礼  片桐秀和 - 2008/08/23(Sat) 23:35 ID:Ar2oCH6U No.1120 引用
失礼致しました。日原武仁さんのことを呼び捨てで書いてしまっていますね。申し訳ありませんでした。
- Count.27 (Last.2008/08/23 14:28) -


無題  ω ̄) - 2008/08/25(Mon) 18:55 ID:W6T9CdZg No.1121 引用
片桐様>これは、自分の意見なのですが 主人公は胎児だけ崖に落すべきで 彼女迄、身を投げる必要が有ったんか?と思いました。
2人の少女の力関係と言うのか、ブスの方が当然悪意を持つに違い無いらしいので・・・しかし意外性を持たせると・・・?
 吐いた物の中に虫が動いている辺りは矢張り漫画にすると効果大だと思った。
あの、星の傘を遺した叔父さんの噺が 非常に印象が強いので・・。
 ホラー漫画の原作とかは向いてるかもと思い。文章で読み難くても この系統で絵にして了えばかなり、インパクトの強い佳品が出来るだろう。
 早朝なんで再度読まして頂きます。
八回様>季節感溢れる夏の情景が爽やかで良かった。アタシのグチャグチャした長文より 遙に詩的で素敵だった。黒雲が流れ 雷雨の涼しい風が直に感じられた。
筋の無い小説でも随筆というのか、こういう書き方も有るんだと教えられた。
李都様>天才特有の完成された作品なんで、非の打ち所が無いのだが・・北海道在住の所為か冒頭の自然描写が素晴らしかった。ああ言うのは、其処へ住んで無いと書け無いと思った。花山の消し方も良かった。嘘臭く無くて。事実を小説に書いてるとは思わないが、普通は親友ってこういうもんで アタシは死神や貧乏神ばかりだと愕然とした。
幼虫を食う所も、巧かった。
G3様>後を改稿するつもりだそうですが、なかなか乱歩みたいな意味深な出だしで面白かったが、結末が割とアッサリだった。誰か伯父を殺した犯人が居ても良かった。文章はとても読み易く助かった。伯父の容貌とか書いて有っても良かった。自分の写真は、「卒業アルバム」です。取敢えず今日はここ迄。 
- Count.9 (Last.2008/08/23 12:26) -

空の色は淡いのに  投稿者:さとうかずみ 投稿日:2008/08/14(Thu) 00:56 ID:/MC0d8QY No.1083 引用

 その日のことは、今でもよく思い出す。
 冬の良く晴れた午後だった。冬の空は夏の青空みたいに真っ青な空とは違う。その日も空の色は淡いのに、どこまでも澄んで透明で、普段はとても見えないような遠くの雪を頂いた白い山並みまで見渡せる――、そんな空が広がっていた。とても天気は良くて、日差しは暖かで柔らかだったけど、風の冷たい寒い日だったから、ぼくのほかには公園に人影は見当たらなかった。広い芝生広場は茶色く冬枯れしてて、それを見ているだけで寒々しい気がする――、そんな日だったはずだ。
 だだっ広い芝生広場に腰をおろしているのは、ぼく一人だった。
 ぼくは、どちらかというと人見知りする性格だったから、こういう場所の方が落ち着ける。別に何か考え事をするとかじゃなくて、ただボーッとしているだけで幸せな気分になれる自分は、意外と安上がりな人間だと思う。まあ安上がりなのはいいけれど、ただの退屈な人間――、ってだけなのかもしれない。そんなことを思いながら、ぼくは苦笑した。
 誰もいないことをもう一度確かめてから、芝生の上に大きく手足を伸ばして、ごろりと横になった。誰もいないからこそ許される贅沢ってやつだ。そんな様子を誰かが見てたら、さすがに傍若無人だって咎められるだろうし。そう口に出して注意されなくても、なんだか視線で咎められるような気がする。そんなのは思い過ごしだ――、そう言われるかもしれないけれど、小心者の自分には、そんな視線が気になってしまう。
 その時だった――、不意に携帯が鳴ったのは。
「ちぇっ……」
 ぼくは小さく舌打ちした。
 どうやら電源を切り忘れてたらしい。せっかく、のんびりしているのにな……、って毒つきながら、ぼくは仕方なく携帯に出た。
「もしもし」
「あ、隆二?」
 聞きなれた声が響いた。
「あれ、翔平かよ、どうしたのさ」
「おまえの家に来たんだけど、出かけてるって聞いたからさ。どこだろうって」
「秘密だよ」
 僕はニヤニヤ笑いながら答えた。「教えてなんてやらない」
「つれないやつだな。じゃ、そこに行けたら約束守れよ」
「約束って?」
「おれと付き合うって、あの話」
「あのねえ……」
 むきになって反論しようとしたとき、ぷっつりと電話が切れた。
 別に約束なんてした覚えはない。
 小和田翔平って変なやつだ。
 同じクラスのやつだけど、知り合ったのはクラス替えの後だから、まだ一年も経ってないはずだ。ぼくらが新しいクラスにようやく馴染んだ頃、好きだ、つきあってくれ――、って告られた。そんなことを突然言われて、驚いた。目が点、耳が信じられない、どころの騒ぎじゃなかった。『スキダ、ツキアッテクレ』、まるでその言葉が知らない外国語みたいに、その言葉の意味を理解できずに――、理解しようとすることを無意識に拒否したみたいに、ぼくは何を言われたのか、即座には理解できなかった。
 それが普通の反応だと思う。
 ああ、そうですか、わかりました――、なんて人間が、この世にいるとは思えない。
 ぼくにとっては頭で理解する以前の問題だった。なにしろ、ぼくらは男同士なのだし。好きもヘチマもないだろう――、って反射的に叫んでいたのだ。
 ぼくは自分自身でも退屈な人間だと思うし、自分の自慢できるところを言ってみろ、そう言われたら一言も喋ることなく言葉に詰るのは間違いなかった。ぼくのどこを翔平が気にいったのか、わからない。だいたい翔平のほうが顔もいいし、頭だっていい。だからクラスの女の子にだって人気があるし、その他大勢のぼくには、なにもかもが羨ましいくらいだったのだ。どうして、なぜ、ぼくになんだ――、そうやって何度も繰り返し聞いたけど、そのたびに適当に誤魔化されてしまうばかりで、やつの口から理由を聞き出せたことはない。
 翔平とは話してて楽しいし、とても気のいいやつだと思ったから、あまり邪険にもできなかった。男同士で付き合うなんて、どんなことするのか正直なところ、よくわからなかったし、少なくとも友達としてなら悪くないな……、ってぼくは思ってた。
「まあ、いいさ。この場所なんてわかりっこないんだから」
 ぼくはこれまでの経緯を思い出しながら、つぶやいた。
 風は強くて冷たかったけど、ぼくの顔に降り注ぐ太陽の光は暖かだった。
「気持ちいいな……」
 暖かな日差しが気持ち良くて眠気を誘う。枯れた草の匂いは、お日様の匂いに似ているな――、そんな考えが頭に浮かんでくる。目を閉じると、遠くを渡っていく風の音が子守唄みたいに心地いい。
 ぼくは、気づかぬうちに、うとうとと寝てしまったみたいだった。


「わっ!」
 ぼくは人の気配に驚いて声を上げた。
 目を開いたら、ぼくの顔を覗き込んでる誰かの顔がそこにあったからだ。太陽の陰になってよく見えなかったから、それが翔平だってわかるのに、しばらく時間が必要だった。
「おまえ、ほんとに無防備なやつだな」
 翔平は笑いながら言い、やつの冷たい指先が僕の唇にそっと触れた。その感触が、あまりにも冷たかったから、ぼくは思わず身を震わせた。「これ、貰っちゃったぞ、ひょっとして初物だったかな」
「えっ」
 ぼくは絶句した。
 その裏返った声と、ぼくの驚いた顔が面白かったに違いない、翔平は大きく仰け反るように笑った。そのまま笑いながら、僕の横に添い寝するみたに寝転がる。
「って、嘘だよ、冗談――、冗談だよ。お前のこと好きなのは本当だけど、寝込みを襲うなんてしないからさ」
「まだそんな気色の悪いこと言ってるのかよ、でも本当か? 本当に何もしてないんだろうな」
 なんだか信じられない、そんな気がした。
 なぜなら、こいつの顔は、僕の顔のほんの間近にあったのだ、息がかかるくらいの距離に。キスだとか悪戯されてても不思議じゃない。
「ああ、信じろよ、それともされたかった――、とか」
 そう言いながら、翔平は半身を起こして、ぼくの顔を真顔で覗き込んだ。「だったら言えよ。してやるからさ」
「……」
 あまりにも真顔だったので、ぼくは怯えて、たじろいだ。「や、やめろよな。そんなたちの悪い冗談はよせよ」
 翔平は再び笑い声を上げながら、もう一度、芝生の上に寝転がった。
「それにしても、ここは気持ちいいな。俺も好きだよ、ここ。風の音が携帯から聞えたんだ、それでピンときたんだ。俺たち、趣味が合うなあ」
「あんまり合いたくないけどな」
 はぐらかされたような気がして、口を尖らせながら呟いた。
「俺は嬉しいよ、共通の楽しみってさ」
「ぼくは――、翔平のことなんて、何とも思ってないんだからな、絶対に何とも思ってないんだからな」
「面白いやつだな、どうでもいいことにムキになって、さ」
「お、おい。どうでもいいことなのかよ」
 ぼくは呆れて叫んだ。
 どうでもいいことで少しでも悩んだなんて、なんだか腹が立ったからだ。それに本当は、少しどころか、かなり深刻に悩んだのだ。ぼくは同性の友人に告られて悩まないほど能天気じゃない。それを、どうでもいいことだなんて――、ぼくは口には出さなかったけど、頭の中でぶつぶつと文句をたれた。
「少なくとも友だちではいられるんだしさ、それでいいよ」
 それは、あっけないほど軽い口調だった。
「あのね……、だったらさ、そんな紛らわしいこと言うなよ」
「紛らわしいってさ――、それじゃさ、好きになってもいいのかよ。これでもセーブしてるんだぞ」
「バカ」
 ぼくは直ちに却下した。「二度と言うなよ、そんなこと……。言ったら絶交だそ、ほんとだからな」
 でも気持ちが少し揺らいでいたのは確かだった。
 その時はまだ、それとは気付かなかったけど……。友だちって呼べるやつは何人もいるけど、一緒にいて会話が弾むのは翔平くらいだったし、それはそれで楽しかったからだ。こいつとだったら、ずっと一緒にいてもいい――、そんな感じがしたのは間違いない。
 最初の兆し――、それがあの冬の日だったと思う。
 空の色は淡いのに、どこまでも透明で澄んでいた、そんな日だった。
- Count.24 (Last.2008/08/10 21:28) -


感想  とらい - 2008/08/14(Thu) 04:30 ID:vXPZGA.I No.1085 引用
 なんというか。小和田くんの強引さと、見透かしてるんだぜっていう雰囲気がツボです。
 外見的な特徴がもうちょっとあると想像しやすいのではないでしょうか。とはいえ、あまっずぱいですねえ(笑
- Count.2 (Last.2008/08/14 04:24) -


無題  さとうかずみ - 2008/08/18(Mon) 00:18 ID:NuuwRAPA No.1109 HomePage 引用
ども、こんにちは。
感想ありがとうございます。特徴はそうですね〜、もう少し織り込んだほうが、雰囲気掴みやすいですね。頭の中に情景とか台詞とかは、すぐ思い浮かぶんですけど、なかなかキャラの具体的なイメージが言葉にならないのが欠点です。
でも甘酸っぱい雰囲気を感じてもらえただけで、とても嬉しいです。
- Count.28 (Last.2008/08/17 22:38) -

GNな小説  投稿者:無線 投稿日:2008/08/16(Sat) 01:44 ID:pU7fSc5Y No.1086 引用

 夜の話。
- Count.126 (Last.2008/06/29 04:15) -


全寮制、山の奥の高校、共学の事情。  tori - 2008/08/16(Sat) 02:23 ID:hw6Oxuec No.1087 引用

 中世のヴェネツィアでは、女性が胸部を露出するのを推奨する法律があった。
 蔓延した男色の害悪を取りのぞくため、男に女の魅力を分からせるために、という理由だったらしい。先日、ぼくらの通う高校で、女生徒のノーブラ、ノーパン、シャツは白のみ、という校則があらたに作られた。理由はヴェネツィアと同じである。
 山の奥にあり、全寮制で、ふもとの町までバスでも使わなければ遭難する。そんな立地は、そういう校則も許容できる土壌だし、だからホモが増えたともいえる。ぼくの付き合っているヒトは、一つ上の先輩で、寮で同室だ。新校則が施行される前夜、道に迷わないようにお互いの結びつきを、さらにさらに強くした。
 だ、というのに! 女生徒がシャツの下にピンクの乳首を透けさせながら、登校するようになって一週間、先輩がぼくのもとに一人の女の子をつれてやって来た。
 小さな顔、小さな唇。アヒルのような愛嬌があって、純朴そうだ。スカートもしっかり膝下だけれど、その黒い生地のむこうには、生のままの割れ目があるはずで、実際、白いシャツは、張りつくようにして胸の先端を強調していた。彼女は始終、胸の前に両手を組んでいたが、身動ぎするたび、チラチラと見えてしまう。
「本当ですか」
 とぼくは先輩に聞いた。
「今日から、おれはこの娘と付き合うことにした」
「そんな! ぼくとの日々は嘘なんですか」
「目がさめたんだ。お前は異常だ」
 ジッと先輩のよこで小さくしている女を見ると、彼女は恐縮したようにさらに肩をすぼませる。カールをえがいた睫が印象的で、目が大きく、幼さが多分にある。よくよく顔のパーツを分析すれば、ぼくとの共通点が多い気がする。先輩が面食いだということは知っていたけど、知ってはいたけど……! 男と男っていう、そんな関係だからこそ、この愛情とか恋情とかはホンモノだと信じていたのに。軽薄な先輩が、ぼくだけのモノだと思えたのは、錯覚に過ぎなかった……
 死にたい。死んでしまいたい。
 フラフラとベッドに倒れ、目を閉じた。
「そういうわけだ。夜の見回りのときのゴマカシはよろしくな」
「よりによって、ぼくにソレを頼むんですか」
「同室はお前しかいない」
 横になりながら、もう一度、女をみる。今夜、彼女は先輩のたくましい腕にだかれ、努級のモノに貫かれるのだ。スカートの裾の長さからして、初体験になるに違いない。悔しさが極まって、頭の空白になってしまう。彼女は泥棒猫然とした態度ではなくて、間違ってガラスを割ってしまった子供のような、自戒した顔をしているのが、余計に気に食わない。気に病むぐらいなら、手を出さないでほしい!
「分かったよ、分かった。ゴマカしておくよ」
「わるい」
「さっさと行けよ」
 吐き捨て、ベッドから飛び上がると、先輩と女を部屋から乱暴に押し出した。ドアを乱暴に閉めると、耳の奥がキーンとなった。痛いほどの静寂に、余計な惨めさがつのる。くそう……と思う。所詮は、ぼくは男に過ぎず、先輩の大事な存在にはなれないのだろうか。

 一日、二日と過ぎた。
 校内のホモ率は、バブルの崩壊も真っ青かな、急降下をみせている。仲良さげに手をつないで歩いていた男たちの、傍らには変わって女がいる。健全だ、たしかに健全ではあるけれど。
 失恋の痛みも忘れられない。食が喉を通らない、というほどではないけれど、すべてにやる気がでないでいた。けれど、食堂で昼食を取ってから、教室にもどる途中、校舎の非常階段のところに、女生徒が一人すわりこんで、携帯電話で、だれかと会話しているの出くわした。無防備に足を開いていたから、スカートの奥の黒い毛が見えていた。ちらりと横目にしただけなのに、目に焼きついて、午後の授業のあいだ集中力が欠け、どこか落ち着かなかった。放課後、まっすぐ寮に帰り、火照りだした体を醒ますために、熱いシャワーを浴びたけれど、効果はなくて、ベッドで横になって寝返りを何度もうち、今夜もまた女のところに行った、憎き先輩の、だれもいないベッドを見ると、ずいぶん前に抱かれた夜のことを思い出した。思い出しオナニーを、と思ったけれど、脳裏にうかぶ映像は、今日の昼に垣間見た、見知らない女の子のスカートの奥だった。
 埒をあけると、先輩へのわだかまりとか、もろもろの感情が綺麗に吐き出されて、すがすがしい気持になっていた。明日、今日すれちがった、あの女の子に声をかけてみようか、そう思えるぐらいに。

――
 推敲までは手がおよばず。久しぶりの三十分は、スリルが堪らない。
- Count.5 (Last.2007/10/15 01:00) -


書き忘れましたが30分小説でした。  無線 - 2008/08/16(Sat) 02:35 ID:pU7fSc5Y No.1088 引用
 ある夏、佳苗は恋する少女になった。
 五郎のことを考えると胸がぎゅんぎゅんに締め付けられ、下腹部がむずむずした。それは今までにないことで、それをどう発散したらよいのかサッパリだった彼女は、ブラバンに属している姉のアルトサックスを借りて、がむしゃらに吹いた。基礎のないジャズミュージシャンのような音楽だった。だがそれはまさに彼女の心情を見事に反映させていた。
(まさにこれだわ! わたしの気持ちを五郎君に伝えるにはこれを聞いてもらえばイッパツよ)
 佳苗は、連絡網で五郎の家の電話番号を調べ、電話した。
「はい、五郎です」
「もしも、あ……!」
 佳苗は絶句した。そして小さな肢体をビクビクンッと痙攣させた。声を聞いただけで頂に上ってしまったのだった。
「もしもし?」
「は、もし、あっ、う」 佳苗は普通に話したかったが、肉体の方がまだ覚束無い。
「ハァハァ……ゴロ……ゴンッンッ」
「はい? もしもし」
 ガチャ。
 佳苗は電話を切った。このままでは単なる変態であるし、五郎がナンバーディスプレイに加入していたら、大変だ。
(もう、こんなまだるっこしい電話なんて使ってらんないわ)
 佳苗はヌらっと肌に張り付く下着を脱いで洗濯機にダンクシュートをかますと、干してあった桃色の下着に履き替えた。ジャンプして玄関にあるスニーカーに着地すると、外に出た。
 外は雨であった。佳苗はアルトサックス片手に五郎の家に飛ぶがごとくで走った。大粒の雨が、佳苗の体に触れる寸でのところで空気摩擦で蒸散した。ものすごい速さであった。あっという間に目的地に着いた佳苗は家のドアをがんがんぶっ叩いた。
「五郎くん!開けて!」
「なんだい、やぶからぼうに……」 五郎がドアを開けた。やや困惑した顔であった。
「どうかしたの佳苗ちゃん」
「どうもこうもないわ」 佳苗は、そう言ってくちづけをした。熱いやつを。
 舌を抜くと、すばやく五郎のズボンのジッパーを下ろした。五郎の船長はまだ眠たそうであった。
「なになに、なんなの君は」 五郎が佳苗から身を離して言った。「どうしたのさ。なんなのサックスなんて持って」
「あっ。すっかり忘れてた」 佳苗は、首に下げていたサックスを後ろから前に戻すと、猛然と吹き出した。米軍の新兵器化かと思うような、壊音波があたりに流れ、家はゆがみ、窓を割り、地割れを発生させた。全く恋の力は恐ろしい。五郎は一瞬にして頭をやられ、ぶるぶる震えながら目玉をぐるぐる回したかていたかと思うと、耳から血を流して棒のように倒れた。棒のようになって動かなくなった五郎だが、あの部分もなぜか棒のようになっていた。おそらく、死を間近に感じたからだろう。
(わお。五郎君たら、なんて逞しいの!)
 佳苗はサックスをどっかに放り投げると、五郎に襲い掛かった。結合しようとわさわさやっていた佳苗だったが、しかしなかなかシギ良く行かない。考えただけで胸がズッキュンズッキュンと高鳴った。彼女の心臓はアニメの爆弾のように鼓動していた。
「嗚呼!」
 ついにその時を迎えたとき、彼女の心臓は爆発し、肉体は四散した。下にいた五郎もゲシャゲシャになっていた。二人はまさに一体となった、天上的な挽肉であった。
- Count.127 (Last.2008/08/16 01:44) -


悲鳴  さとうかずみ - 2008/08/16(Sat) 02:46 ID:hPrD5PU2 No.1089 引用
「キスにもいろいろあるんだ」
 恭一のやつがニヤニヤ笑いながら、ぼくを見た。
 こんな顔をしているときはロクなことがない。ぼくらは幼馴染だから、よく知っているのだ。きっとイヤらしいことでも考えているに違いない。思わず身の危険を感じて、ぼくは身を硬くした。
「……、それがどうしたのさ」
 ぼくは恭一から目をそらした。「関係ないだろ、そんなこと」
「いや、試してみようと思ってさ。ちょうどお前がいるし」
「絶対イヤだからな、そんなこと、だいたい何で、恭一なんかとキスしなきゃいけないんだよ」
「俺も不本意だけどさ、後学の為ってやつだ」
「あのねえ……、何考えてるんだよ、まったく。ぼくたちは男同士だろ」
「勉強熱心と言って欲しいね」
 獲物を狙う猫――、いや蛇みたいな目で、恭一はぼくを見ていた。
 ぼくはとっさに立ち上がって逃げ出そうとしたけれど、身がすくんで動けない。ぼくには蛇に睨まれたカエルの心境がよくわかった。
 ゆっくりと恭一は椅子から立ち上がった。怯えて震えるぼくの顔をまっすぐに見ながら、ぼくの肩に手を伸ばして、抱き寄せる。恭一の顔がアップになった。まるで悪魔みたいな笑顔だ――、ぼくは呆然とその顔を見ているだけだった。
「怯えた顔も可愛いな、お前ってさ。それに女顔だし、ちっちゃくて華奢で線が細いから、よっぽどガサツなうちのクラスの女どもよりいい感じだな」
 恭一がぼくの耳元で囁いた。ぼくの耳に触れる吐息が妙に熱く感じられる。
「や――、やめろよ、な。こんなこと。冗談、なんだろ」
「や・め・な・い」
 恭一のニヤニヤ笑いが深くなった。
「あ。イヤ……だっ」
 ぼくの唇に恭一のそれが重なった。
 それだけじゃない。やつの舌が強引にぼくの唇をこじ開けようとしていたのだ。
 ぼくは恭一の腕の中で必死にもがいた。
 だけど恭一のほうが身体も大きいし力も強い。しっかりと抱きしめられて、身動きなんてできない。
 硬く閉じたままだったぼくの唇を無理やりこじ開けて、暖かくて柔らかな舌がぼくの口のなかに侵入してくる。ぼくは驚いて、声を上げそうになった。もちろん口を塞がれてたから無駄だったけど。舌の先が歯列を越えてさらに口の奥まで入ってくる。ぼくは気が遠くなりそうだった。恭一の舌がぼくの口の奥を舐めまわしているのだ。電気が流れたみたいな、得体の知れない快感が、ぼくの身体の芯を抜けていった。
「どうだった」
 唐突に恭一はぼくから身を離した。そして悪戯っぽい目でぼくを眺めながら、問いかけてきた。
「このバカ……」
 ぼくはそれだけ言うのがやっとだった。「も、もう絶対やだからな、こんなこと……」
 胸はドキドキと苦しいし、顔も火照って熱いくらいだ。ぼくは、きっと耳たぶまで真っ赤な顔をしているに違いない。
 ぼくは恭一の顔がまともに見れずにいた。見てしまったら、もう一度――、そんなとんでもないこと言ってしまいそうだったから。キスだけで、こんなにも甘く、うっとりと感じてしまうなんで思いもしなかったから……だ。
- Count.25 (Last.2008/08/14 00:56) -


感想  無線 - 2008/08/16(Sat) 02:50 ID:pU7fSc5Y No.1090 引用
 書くの早いですね。
 制限時間つきのイベントなのに、私の方は、遅れてしまって申し訳ない。
 なんだかまだ書けそうな感じで終わってるのも、かえって想像力を刺激されていいですねw
 狙いすぎててイヤだな、とかそういう風にも思わなかったですし、特に私から言うことは、ない、ですね。「いいじゃん」って思いました。よかった。
- Count.128 (Last.2008/08/16 02:35) -


感想2  無線 - 2008/08/16(Sat) 03:03 ID:pU7fSc5Y No.1091 引用
 >さとうかずみさん
 なんというか、toriさんの書いたのとリンクしてる感じがして面白いですね。しかし、3人中2人が男色モノ絡みって、どうなんですか。ヴェネチアの政策実施したほうがいいですねw
 最後はもうちょっと書いてもいいんじゃないかと思いました。
- Count.129 (Last.2008/08/16 02:50) -


感想  tori - 2008/08/16(Sat) 03:30 ID:hw6Oxuec No.1092 引用
>無線さん
 シュールです!
 エロ・グロ・ナンセンスを綺麗にそろえているところがポイント高いです。三十分だから、仕方のないことですけれど、もっと濃厚な描写が欲しかった。
 ともあれ、面白かったです。しかし、性に未熟なはずの佳苗が五郎ちゃんを押し倒すのは、飛びすぎではないでしょうか。処女からびっちに一足越えになるのもシュールですが、今回のはさりげなさ過ぎて、シュール度が薄れてると思います。

>さとうさん
 期待を裏切られませんでした。ごちそうさまです。
 いやよいやよも好きのうち、というのがやっぱり変らない萌えどころです。隙のない展開でした。
- Count.6 (Last.2008/08/16 02:23) -


感想  さとうかずみ - 2008/08/16(Sat) 04:05 ID:hPrD5PU2 No.1093 引用
>toriさん。
ベネチア政策、受けました。
でも純朴そうな女の子より、『ぼく』の方が可愛く思えてしまうのは、きっと病気のせいですね。「ちらっ」と見えるくらいが、ちょうど刺激的なのは確かです。ベネチア政策が全裸だったら、それほど効果が出なかっただろうなあ、と思ったり、楽しめました。

>無線さん。
シュールでした。
ラストはどうなるかと思ったら、想像を越えてました。越えすぎて、唖然としている間に終わってしまった感じです。ビックリしました、こういうのもあるんだなあ〜って。勉強させてもらいました。
- Count.26 (Last.2008/08/16 02:46) -

リメイク・夜明けの星  投稿者:とらい 投稿日:2008/08/14(Thu) 04:24 ID:vXPZGA.I No.1084 引用

リメイクです。
原作者のさとうかずみさんに感謝します。ステキな作品をありがとうございます。
うなああああ?
――

 蒸しむした夜で、窓をあけて昼寝していたら、甲高い喧騒で目がさめた。べっとり張りついたTシャツの胸元に風をおくりながら、窓のそとを見ると、浴衣を着た女の子が男の手をつかんで歩いていた。縁日か、それとも花火大会なのか。田舎に帰ってきたはずなのに、そんなことも忘れていた。今夜は星を観にいこうと、仮眠していたのに、肩透かしされたようで、ふて腐れたくなる。遅くなれば人も引けて、十分な暗さになるだろうか。今日のメインにと思っていた、ボアッティーニ彗星はまだギリギリ目視できるほどの明るさだから、神経質になる。
 手で顔をあおぎながら、風呂場にいく。右に左く、汗をながしてしまいたい。
 アパートの小さなユニットバスと違い、実家の、一軒家の風呂場は広くはないけれど、アレに較べたらもの凄く広く感じられる。手を振り回しても壁にぶつからないし、大きな鏡もある。貧相な身体が写りこむのは、憂鬱になるけれど、髭を剃るのにも、身体を洗うのにも、便利ではある。シャワシャワと泡立てて、髪の毛を洗い、手を洗い、足を洗い……。身体中にあるヌメリを、お湯で流していくのが爽快で、沈んでいた気分が晴れていき、風呂からあがると、綺麗な空で星が観れることの魅力にすっかりまいっていた。
 両親に星を観てくるとつげて、物置から高校のときに使っていた望遠鏡、それを固定する三脚みたいなやつ――と必要な道具をあつめてくると、一人で運ぶにはちょっとかさ張る量になっていた。いつもなら、天文部のやつと一緒に出かけているから、感覚がにぶっている。一人でぜんぶやるとなると、骨が折れる。四回ぐらいに別けて運ばなくちゃいけないだろうと、とりあえず、望遠鏡を固定する台――赤道儀をかついで家を出た。
 縁日だか、花火大会だかは終わっていて、人と気はまばらだ。ひそひそした話し声にときどき、裂くような女の子の笑い声が聞えてくる。祭のあとの、余韻にひたっている人間のあいまを早足になって、いつもの観測場所にむかう。住宅地を一歩出て、まだ緑の残っている区画の、少し高台になっている場所が、穴場なのだ。ひともいないし、暴走族が来るにはさみしい。数年ぶりに通るのに、足が覚えていて、すらすらと進んでいけるのが、奇妙な感覚だ。
 丘の頂上への、ちょっとした坂を登ると、ギョとした。だれもいないと思っていたのに、そこには人影があったからだ。しばらく来ないうちに不良の溜まり場になったのかと、身体を緊張させるが、人影はぼくに気づくと、
「あれ、ひょっとして……苅田くん?」
「え……――目をほそめて、暗がりのなかで、輪郭をさぐると、どこかで見たような顔が少しずつ見えてくる――斎藤さん?」
「覚えててくれたんだ!」
 花が咲いたように笑う男が、目の前にいた。高校のときからかわいい系の顔をしていた斎藤さんだから、月明りぐらいの暗さで見ると、肌が綺麗で、細かな特徴がかすれて、女の子みたいに見える。やわらかそうな髪をふわりと動かして、男のくせに着こなした浴衣のせいで、チラチラ女に見えてしまう。あかん。これはいけない。みょうな胸の動悸がしてくる。
「苅田くんも――ちらりと窺うようにぼくを、つま先から頭のてっ辺まで見て――夏祭りに、来たわけじゃないね。それ、なに? 武器?」
「ぶ、武器じゃないよ?」
「そうなんだ」
「これは、望遠鏡の一部だよ。これから星を見るんだ」
 おずおずと答えると、
「ホント! じゃあ、私も見たいな。いっしょにいいよね?」
「う、うん。だけど、これから残りの部品をとりにいったりして、けっこうかかるけどいい?」
「ぜんぜん!」
 じゃあ、待ってて、と言い残して、必要以上に早足で、家に戻っていく。斎藤さんから見えない位置までくると、衝動的に駆けだしていた。心臓がへんに動いているのを、上書きするように。

 あれこれ、てんやわんやしながら望遠鏡を組み立てて、星を覗くところまでくると、斎藤さんに馴れてきたのか、だいぶ落ち着いてきていた。
「見える? アレとアレのあいだにある」
「わからない」
 望遠鏡を覗きこみながら、斎藤さんは首をかしげる。前かがみになった姿、浴衣の布が遠巻きに身体の線をなぞっている。ぼくもぼくで貧相な身体をしているけれど、斎藤さんはどちらかというと、華奢という感じだ。後姿だけなら、女の子に間違えてしまうんじゃないだろうか。かすかに漂ってくる香水の匂いは、あきらかに男のものなんだけれど。
 そっと斎藤さんの肩に手を乗せる。布ごしに、あたたかい体温をかんじる。ボアッティーニ彗星をさがすのに集中している彼は、それに気づかないでいる。チとかすかな望遠鏡についたモーターの駆動音が聞えるほどの沈黙が、しばらく流れて、斎藤さんは焦れたように望遠鏡から顔をあげ、眉をひそめた。
「ぜんぜん分からない」
「ちょっと待って。最初に写真撮ってたでしょ、そこに写ってるかも」
「ホント?」
「安いデジカメだから、五分五分かなあ」
 望遠鏡からはなれて、原っぱに腰をおろし、小さなデジカメの画面を二人してのぞきこむ。斎藤さんの顔がぐっと近くなり、息をひそめないと、また動悸してきたのを悟られそうで、ずいぶんと息苦しい。指が震えそうなのを押えこみながら、デジカメを操作していくと、目当てのに行き当たった。
「これが、そうだね」
「……綺麗な緑色だね。見たことのない色」
 うっとりとしている横顔に、釘付けになってしまう。視線に気づいた斎藤さんは、ぼくに顔を向け、ちいさく唇をうごかして、
「なに?」
「いや、いや……なんでもない」
「そう」
 と嬉しそうに笑った。
 なんで?
 と少し思う。
「ねえ、苅田くんは、いつまでこっちにいるの?」
「明日の朝の、新幹線で帰るよ」
「そっか……」
「斎藤さんは?」
「私は地元に就職したから」
「そうなんだ」
 残念ないろが声に混じってしまい、しまったと思う。男相手になにを思っているのか。奇妙な空気がながれたけれど、斎藤さんは携帯をとりだして、
「アドレス教えるよ。好きなときにメールしてよ」
「いいの?」
「いいのって。友達なんだから、当然なんじゃない?」
 呆れたように笑う斎藤さんとぼくは、メールを交換した。アドレス帳に斎藤さんのフルネームとアドレスと電話番号を登録しながら、あまり寄り付かなかった実家だけれど、つぎからは暇を見ては帰ってみようか、と思った。
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羅生門でリレーしよう♪ リレー再スタート...  投稿者:大隅さん 投稿日:2008/06/29(Sun) 21:52 ID:Zwl6C8pg No.1063 引用

なんの計画もなしにリレー小説はじめたらグダグダになりましたww
えーと、それでは仕切りなおしまして。

記念すべき第一走者は芥川龍之介です!!


文体などの模倣、新規登場人物、枚数などはすべて自由です。
ただし一つだけ条件があります!
それは……

    羅生門の原文から一行だけ引用すること!

それだけです!

ではではルールを守って楽しいリレーを♪
収集がつかなくなっても関係ないや……。
失敗ももう怖くないや。
- Count.3 (Last.2008/06/29 20:18) -


無題  芥川龍之介 - 2008/06/29(Sun) 21:54 ID:Zwl6C8pg No.1064 引用
 ある日の暮方の事である。一人の下人(げにん)が、羅生門(らしょうもん)の下で雨やみを待っていた。
 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗(にぬり)の剥(は)げた、大きな円柱(まるばしら)に、蟋蟀(きりぎりす)が一匹とまっている。羅生門が、朱雀大路(すざくおおじ)にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠(いちめがさ)や揉烏帽子(もみえぼし)が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。
 何故かと云うと、この二三年、京都には、地震とか辻風(つじかぜ)とか火事とか饑饉とか云う災(わざわい)がつづいて起った。そこで洛中(らくちゅう)のさびれ方は一通りではない。旧記によると、仏像や仏具を打砕いて、その丹(に)がついたり、金銀の箔(はく)がついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、薪(たきぎ)の料(しろ)に売っていたと云う事である。洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸(こり)が棲(す)む。盗人(ぬすびと)が棲む。とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。
 その代りまた鴉(からす)がどこからか、たくさん集って来た。昼間見ると、その鴉が何羽となく輪を描いて、高い鴟尾(しび)のまわりを啼きながら、飛びまわっている。ことに門の上の空が、夕焼けであかくなる時には、それが胡麻(ごま)をまいたようにはっきり見えた。鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、啄(ついば)みに来るのである。――もっとも今日は、刻限(こくげん)が遅いせいか、一羽も見えない。ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、鴉の糞(ふん)が、点々と白くこびりついているのが見える。下人は七段ある石段の一番上の段に、洗いざらした紺の襖(あお)の尻を据えて、右の頬に出来た、大きな面皰(にきび)を気にしながら、ぼんやり、雨のふるのを眺めていた。
 作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。ふだんなら、勿論、主人の家へ帰る可き筈である。所がその主人からは、四五日前に暇を出された。前にも書いたように、当時京都の町は一通りならず衰微(すいび)していた。今この下人が、永年、使われていた主人から、暇を出されたのも、実はこの衰微の小さな余波にほかならない。だから「下人が雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。その上、今日の空模様も少からず、この平安朝の下人の Sentimentalisme に影響した。申(さる)の刻(こく)下(さが)りからふり出した雨は、いまだに上るけしきがない。そこで、下人は、何をおいても差当り明日(あす)の暮しをどうにかしようとして――云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきから朱雀大路にふる雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。


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     では、以下続けてくださいなー。
     ただし原文から一行だけ引用してくださいね!

     青空文庫→  http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/127_15260.html
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最後の一文が引用文  星野田 - 2008/07/02(Wed) 11:27 ID:k8/sD.R. No.1066 引用
「長雨だな。きっと明日まで止まないよ」
 と、柱の蟋蟀(きりぎりす)が下人に言った。
「今夜はここで一晩過ごすのがいいと思うね。酸性雨だ。無理にどこかに行こうとすると、禿るぜ」
 薄暗い朱雀大路の光景に、ぴちゃぴちゃと静かに降る雨。下人の鼻には、かすかにだが確かにすっぱい匂いが確かにした。
「俺の親父もこの雨にやられた。翅の付け根が溶けて取れちまった。酷い雨なんだよ。降られたら諦めるしかない。しばらくは羅生門から出ることはできないな。俺もアンタも」
 蟋蟀が柱を上に行ったり下に行ったりしながら生意気な顔で下人に言う。朱雀大路には鬼が出ると昔から言われる。この蟋蟀も鬼だろうか。下人は考えていた。羅生門に捨てられた人間の死体を食って言葉を覚えた妖怪に違いなかった。
「観念した方がいい。もしかしたらこの雨は明日も止まないかもしれない。明後日も」
 柱からじっと、蟋蟀が下人を見ている。彼は恐ろしくなった。この妖怪は自分を食う気に違いないと思い始めたのだ。死体の味を覚えた鬼が、次に生きた人間の肉を求めるのは、よくありそうな事だと思った。蟋蟀が不意に、ぱっと翅を広げてとんだ。下人の口から悲鳴が上がる。足がよろめき、気がつくと羅生門の屋根の下から飛び出て、雨に打たれていた。
「ああ、兄さん。雨の下に出てしまったね」
 キリキリと蟋蟀が鳴いた。下人は濡れてたまるかと手で頭を覆う。その拍子に、手に触れた髪がずるりと抜け落ちた。このままでは……。下人は走り出した。
「おい兄さんどこに行こうって言うんだい。早く屋根の下に戻っておいで」
 去る背の後ろから蟋蟀が呼びかけてくる。しかし下人はかまわず雨の中を駆け抜ける。頭に手をやるとそのたびにずるりずるりと髪の毛が抜けていく。その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。
- Count.89 (Last.2008/06/29 04:01) -


引用文は最初の方  がんや - 2008/07/02(Wed) 22:54 ID:vVPoRoUI No.1068 引用
 下人は雨の中を走り続けていた。行く先は当人も知らない。唯、頭頂部に手をやり、撫でる度に抜け落ちる髪と、恐怖に変わり、心の裡より広がる得も知れぬ快楽に、湧き上がる衝動を、両の脚で吐出し続けるのであった。その時のこの男の心もちから云えば、饑死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。  
 雨は激しさを増し、すると今度は下人の衣服を溶かし始めた。しかし下人の足は止まらない。恍惚とした表情で、寧ろ歩幅を広く取り、勢いを増し増しているようにすらみえる。
「明日すら見えぬ我が身なら俺なぞ溶けてしまえば良いのだ。雨よ降れ、もっと降れ」
 そう天に向かって叫ぶ下人に呼応するかのように、雨は更に激しさを増す。やがて雨粒が一筋、下人の身体を穿った。つと立ち止まり、下人は手の平を見る。真中にぽっかりと空いた穴の横に、また新しい穴が出来る。下人は笑う。とうとう溶け始めた自らが可笑しく、顔を天に向けて下人は嗤う。皮膚の下の骨肉を曝し、臓物を晒して尚、笑い続ける下人の両目を、やがて雨粒が駆け抜けた、そして――。

 そして、ある日の暮れ方の事である。嘗て下人であった一匹の蟋蟀が、羅生門の下で雨やみを待っていた。
- Count.45 (Last.2008/06/09 22:25) -


ツンデレ登場の巻  大隅 - 2008/07/02(Wed) 23:59 ID:3VJzz/o2 No.1070 引用
 静かに降りつづく雨のなか、荒廃した羅生門へ向かって一人の男が走ってくるようすを蟋蟀は認めた。かつての自分とよく似た姿の男だった。小走りにやってきて、羅生門のひさしの下へ入ると男は小さく息をつく。着物を濡らした雨粒を軽く振りはらい、忌々しそうに仄暗い上空を眺めた。
 柱にとまった蟋蟀は動こうともしない。おそらく近くの貴族に雇われているのであろうその下人は、億劫そうに柱のそばへ腰をおろした。蟋蟀を話し相手に雨がやむのを待つわけにもいかない以上、こうして黙って座っている他にできることがあるとは思えない。
 下人は懐から竹の皮に包まれ干魚を取りだした。太刀帯の陣で売られていたものを、泣けなしの所持金で買ったものだ。腹も減っていたし、なにより売っていた女の顔立ちが下人の琴線に触れたからである。墨染めを施したかのような美しい黒髪をツインテールにまとめ、それとは対照的に白い肌は雪のようにキメ細かい。すらりとした長身は凛として端麗で、まっすぐな眼差しもまた下人の心を掴むのに十分な魅力を備えていた。
「べ、べつに蛇を切って干したわけじゃないんだからねっ……!」
 女はそう言って、ほんのりと頬を紅潮させながらその干魚と思われるモノをずいっと差し出した。女の鋭い眼差しは人を睨みつけているのだと思ったが、どうもそうではないらしいと下人は感じた。恐らく極度の緊張に由来するもので、無愛想な態度のようだが、よくよく見ればそれは照れ隠しからくる反動であるようだ。
「ありがとう。で、いくら?」
「五文……」
 下人はわずかに肩を落とした。所持金はわずかに三文銭にすぎなかったからだ。
「ああ、五文ね……。じゃあ……ちょっと、またの機会にするかな」
 それなりのプライドというものが下人にもある。女相手の値切り交渉は諦めて、おとなしくきびすを返そうとした。
 そのときだ。
「あ、あのっ……! ちょっと、待ってもらえませんか……?」
「え?」
 振り返ると、そこには下人を見つめて顔を真っ赤に染める女の顔があった。


------------------------------------
すみません原文の一行引用できませんでした^^;
うう……
- Thank you for your first contribution! -


引用は最初の部分 パロディバージョン  おき3號 - 2008/07/03(Thu) 23:28 ID:51RRM9tc No.1071 引用
 ある日の暮方の事である。一人の下人(げにん)が、羅生門(らしょうもん)の下で雨やみを待っていた。
「あ〜あ。リストラされちまったい。この先どうすりゃいいんだ」
 彼は門を見上げて呟く。
 彼はいましがた,仕えていた主人から暇を出されたばかりである。
 この時代。
 京の都は、地震だの大きな辻風だので、あの輝いていた頃に比べれば寂れ果てている。
 疲弊して、洛中を行き交う人々の表情もどことなく生気を失って暗かった。
 下人が雨宿りしている羅生門もまた輝きを失い、彼が見上げた門は朽ち果てて、巷では化け物が出るという噂にさえなっていた。
 確かにそうだ。
 そんな気さえしてくる。
 ただ一人で門で雨宿りしている彼は、身震いを一つした。
 不安と門の気味悪さと。
 それがないまぜになった感情がはしったからにほかならない。
 と、門の上の方に明かりが見えた。
 物の怪の類いか否か?
 彼はそっと階に手をかけ、佩いている太刀が鞘走らぬよう気をつけつつも、おっかなびっくり登り始めたのだった。
 
- Count.2 (Last.2008/06/29 20:33) -


六弐続  ピサロ - 2008/08/13(Wed) 22:35 ID:BLev/tOI No.1082 引用
nezumi.gif  梯子を二三段上って見ると、火をとぼした上の誰かが、その火をゆらゆらと動かしている気配が感じられた。その濁った黄いろい光が、隅々に蜘蛛(くも)の巣をかけた天井裏を、わずかに揺れながら照らしていたので、それと知れたのである。この雨の夜に、この羅生門の上で火をともしているからは、どうせただの者ではない。
 下人は、守宮(やもり)のように足音をぬすんで、急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。そうして体を出来るだけ平(たいら)にしながら、頸を出来るだけ前へ出して、恐る恐る楼の内を覗(のぞ)いて見たのである。
 見ると、楼の内には、噂に聞いた通り、幾つかの死骸(しがい)が無造作に棄ててあるが、火の光の及ぶ範囲が思ったより狭いので、数は幾つともわからない。ただ、おぼろげながら知れるのは、その中に裸の死骸と着物を着た死骸とがあるという事である。勿論、中には女も男もまじっているらしい。そうして、その死骸は皆、それがかつて生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、土を捏(こ)ねて造った人形のように、口を開(あ)いたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、永久に唖(おし)の如く黙っている。
 下人(げにん)は、それらの死骸の腐爛(ふらん)した臭気に思わず、鼻を掩(おお)った。しかしその手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。下人の視線がとらえたものが、ほとんどことごとく彼の感覚を奪ってしまったからだ。
 下人の眼が、はじめてその死骸の中に蹲(うずくま)っている人間を見た時、思わず死骸が生き返ったのではないかという錯覚にとらわれた。下人の中でひどく緩慢な時間が流れ始め、やがて闇の中に淡く浮き出して見える白の不動袈裟を纏い、頭に頭巾(ときん)をのせた、山伏の姿が次第に像を結んでいった。山野で鍛えたらしい幅広な両肩を下人の方に向けながら、その山伏は右の手に火をともした松の木片(きぎれ)を持って、その死骸の一つの顔を覗きこむような恰好をしていた。髪の毛の長い所を見ると、多分女の死骸であろう。そして左の手で、陰陽師の使う紙の人形(ひとかた)のようなものを持ち、女の死骸の上を撫でるようにそれを行き来させていた。
- Thank you for your first contribution! -

夜明けの風は頬に優しく  投稿者:さとうかずみ 投稿日:2008/07/29(Tue) 20:54 ID:jE2l6VBM No.1079 引用

「なんでだよ」
 ぼくの顔を呆然とした様子で尚輝が見ていた。「同じ気持ちでいてくれてるんだ、そう思ってたから……。でも違ってたんだな、ごめん、早合点だった……」
 尚輝の顔と自分の右手を交互に眺めながら、ぼくは足元に視線を落としすしかなかった。どうして手が出てしまったのか、自分でもよくわからない。いままで人を殴る――、ふざけ半分の冗談だとしても、そんなことは一度だってしたことがなかったのに。
「だって……」
 ぼくは尚輝の顔をまともに見ることすらできなくて、それだけを絞り出すように言うのがやっとだった。「だってさ、いきなりあんなことするから……、つい」
「……」
 尚輝は黙ったまま何も言わない。
 ぼくもさっきから自分の足元を見つめたままだった――、二人の間の沈黙がひどく重くて息苦しいくらいだった。
 あんなこと――、あの出来事を思い出すだけで胸の鼓動が高鳴ってくる。だって、いきなり強く抱き寄せられて、「好きだ」って囁かれながらキスを、荒々しく唇を奪われたのだから。ぼくはキスなんて初めての経験だった。それもまさか男の尚輝とファーストキスなんて……、いまでもまだ少し信じられない。キス――、そのたった二文字の単語を思うだけで、ぼくらの唇が重なり合った瞬間の少しかさついた唇の感触が生々しく蘇ってくる。
「びっくりしたし、だって……。そうだろ」
 ぼくは言い訳しながら同意を求めるように、思い切って顔を上げて尚輝を見た。尚輝のほうが背が高いから、並んでいると、とうしても上目遣いで見ることになってしまう。
 まだ強ばった怖い顔をして、伏目がちにぼくを見ていた。きっとまだ緊張が解けていないのだ。ぼくが知ってる普段の尚輝は、もっと温和な穏やかな顔をしてたから。いつもは白いはずの頬が片方だけ赤く染まっているのは、ぼくが叩いてしまったせいだ。頬を平手で叩いたときの高く鳴った音が、ぼくの耳にはまだ生々しく残っているし、ぼくの手に残った衝撃の余韻も同じだった。
「……、ごめん」
 二人の間にわだかまった沈黙に耐えられなくなって、ぽつりと一言だけ、ぼくの口から言葉が漏れた。
「なんで、お前が謝るんだよ、謝らなきゃいけないのは、おれなんだ。叩かれても当然のこと、しちゃったんだから……」
 重いため息をつきながら、ようやく尚輝が口を開いた。無理やり笑おうとしているのが、ぼくにはわかった。その笑顔が作りモノめいて、ぎこちなかった。「それにしてたって謝られるって、なんかみじめな気持ちだな、なんであんなことしちゃったんだろ――、って思えてくる」
「ごめんなさい」
 ぼくはもう一度、謝っていた。言ってしまってから後悔したけど、もちろん手遅れだ。べつに当てつけのつもりじゃない。それ以外に言葉が見つからなかったのだ。
「でも悪ふざけとかじゃないからな。本当に、お前のことが好きだったんだ。片思いで終わってもいい、だけど気持ちだけは伝えたかった。だけど口で言ったって、そんなのは冗談だとしか思わないだろ、だから……」
「……」
 ぼくは黙ったまま頷いた。たしかにそうだと思ったから。いきなり好きだ――、って告られても悪い冗談としか思わないだろう、なにしろぼくらは男同士なんだし……。ぼくを見つめる尚輝の目を見ていると、ふざけているようには見えない。だからと言って、どう答えていいのか、ぼくにはよくわからなかった。反射的に手が出てしまったけど、それにしたって尚輝のことが嫌いじゃないことだけは確かだった、いまこの瞬間だってそれは変わらない。もちろん友だちとして、だけど。
「きっと嫌われちゃったよな」
 ぼくの顔から目をそらしながら、尚輝は力なく呟いた。「ごめんな――、ってどれだけ謝っても、もう遅いだろうけど」
「ううん、違う……。ぼくは尚輝のこと嫌いとかじゃない。でも、すごくびっくりして、どうしていいのか今だってわからない、だって……、あまりに突然で」
 ぼくは手にしたままのレジ袋を思い出し、のろのろと白い袋に目を向けた。「ねえ、行こう。みんなお腹すかせて待ってるし」
「そうだな……、そうしようか」
 尚輝が先に立って歩き出す。肩をおとし、しょんぼりした様子で。でもどうやって慰めたらいいのか、ぼくにはわからない。いま何を言っても傷つけてしまいそうに思えて。
 それでも――、ぼくらの間で凍りついてた時間が融けて流れ出したのは確かだ。
 今まで、ぼくらがいたのは校舎の中、階段の踊り場だった。昼間の休み時間だったらザワザワと騒がしくて煩いくらいだけど、いまは夜だから二人きりだったし、ぼくらの足音が低く響く以外は何も聞えない。今夜は天文部の合宿で、ぼくらは夜食の買出しに行った帰りだった。


「ただいま戻りました」
 ぼくらが部室――そこは化学実験室だったりする――に帰ってきたとき、全員が待ちかねたように、一斉にぼくらを見た。もう準備とかできていて、あとはそれぞれに注文の品々を配るだけだった。準備といっても備品の大きめのビーカーに水を注いで、アルコールランプでお湯を沸かせば終わりなんだけど。
 それがうちの部の名物とも言える光景だった。夜食だけじゃなくて、昼間でもお茶を沸かして飲んだりしているから、ごく見慣れた光景だ。
 もちろんビーカーはキレイに洗ってあるけど、どんなものを融かしたものか知れたものじゃない。だから最初はビビッたけど、慣れてしまえば何でもなくなってしまう。ただ昼間の暇なとき、拾ってきたドブネズミとかの死骸を水酸化ナトリウム溶液で煮融かして骨格標本を作ったりしてるのを知らない者はいないから、慣れって怖いとは思うのだ。
「お前たち、遅かったな。どうせコンビニでエロ本の立ち読みでもしてたんだろ」
 ぼくらの顔を交互に眺めながら、江坂先輩がニヤニヤと笑いながら言う。
「あはは、まさか、エロ本だなんて……。先輩じゃあるまいし」
 ぼくは曖昧に笑った。
 もちろん階段での出来事をそのまま言うわけにもいかない。ぼくは横目でチラッと尚輝の様子を見た。変わった様子は微塵もなくて、ホッとする。
「江坂先輩の注文がやたら難しくて、二軒もコンビニに行きましたからね、そりゃ遅くもなりますよ」
 尚輝は冗談っぽく口を尖らせた。
 ぼくらがコンビニを二軒、はしごしたのは本当だ。だけど、ほとんど向かい合わせにある店だから、それほど大したことじゃない。もっとも先輩だって、そんなことはすっかり承知してることだから、さらっと聞き流してたけど。
「はい、これ」
「ありがと」
 ぼくらはメモを見ながら、おつりを清算しながら品物を配って歩く。清算といっても端数はお菓子代の足しにするのが、ぼくらの間の不文律だったから、預かったのがお札とかじゃない限り、手間どることはない。
「それじゃ、そのまま聴いてくれ。今夜の予定なんだけど」
 全員が席についたところを見計らって、部長の水谷先輩が立ち上がった。
 水谷先輩は、おちゃらけたところがある江坂先輩と違って、真面目そのものの先輩だ。だけど、その江坂先輩と部長が一番仲がいいのを、ぼくは知っている。春の発表会の準備だって、実に手際よく二人が切り盛りしていたし。四人いる一年生のうち、ぼくは尚輝が一番、仲のいいやつだったから、あんな風になれたらいいなって思っていた。だけど何だか微妙なことになってしまった気がする。
 ぼくは向かいに座ってる尚輝の姿を盗み見た。カップ麺をすすっている様子は普段のままだし、あの出来事がまるで夢みたいに思えてくる。でも夢じゃないことは、ぼくの唇が一番よく知っているのだ。たちまちあの時の感触が蘇ってくる。ぼくは一人うつむいて、わけもわからずドキドキしながら赤面しているだけだった。
「残念だけど曇ってしまったし、回復の見込みもなさそうだ。というわけで、今夜の観測会はこれで打ち切りだな。夜食が終わったら機材の片付にとりかかる。それから全員で合宿所に移動して寝る、そんなところだ」


 合宿所――、昼間は柔道場って呼ばれている体育館のなかの一室。
 そこは畳敷きの大広間で、合宿所の名前に相応しく、いちおう備え付けの布団とか毛布が用意されている。だけど正直なところ、それらはいつ乾したのか見当もつかないような酷い状態だったりするから、ぼくらはそれぞれ毛布とか寝袋を持参していた。
 寝袋は流星観測のときとか使うから、ぼくらにとっては必需品だ。だけど入学したての最初の合宿のとき、先輩たちはニヤニヤするだけで何も教えてくれなかったから、ぼくら一年生は酷い布団の洗礼を浴びで身体中が痒くなった。そんなことも今となっては笑い話、いい思い出なんだけど。
(眠れないな……)
 眠ろうとすればするほど、頭がすっきりと冴えてくる。雑念が――尚輝のことだ、告白されたこと、叩いてしまったこと、しょんぼりとした後ろ姿とか――、次から次へと湧いてきて眠れない。
 もうずいぶん前から、合宿所の中は寝静まっているのに、ぼく一人だけが取り残されているような気がする。
 みんなの寝息と、壁に固定された古い大きな時計が時を刻む音だけが聞えてくる。
 体育の授業で柔道場を使うときがあるけど、早く終わらないかな――、って見る壁の時計が、こんなに大きな音を響かせているなんて、クラスの連中は誰も知らないに違いない。
 窓から差し込む鈍い光に時計の針がぼんやりと浮かび上がって見えていた。二本の針が指し示す時刻は、もうすぐ朝の四時だ。
 ぼくは闇の中で身じろぎした。ガサガサとと寝袋が擦れて音をたてる。大きな音じゃないはずなのに、ひどく耳障りで大きな音に感じられて、ぼくはドキッとして動きを止めた。
「眠れないのか……」
 ぼくの耳に不意に聞えてきたのは尚輝の声だった。うっかりしていたら聞き逃してしまうくらいの、そんな小さな声。
「うん」
 ぼくは低く返事をした。
「同じだな、おれもだよ、なんだかここの空気って嫌いだ、じとじとって澱んでるみたいでさ。ちょっと外の空気を吸ってくるよ」
 闇の中で、尚輝が立ち上がるのが見えた。
「待って……、ぼくも行くから」
 ぼくらは足音を忍ばせて、そっと合宿所から抜け出した。ぼくらの背後から聞えてくる安らかな寝息は、少しの乱れもなく続いていた。


「ここはさすがに空気がいいから気持いい。もうすぐ夜明けだな」
 尚輝が大きく背伸びする。ぼくもその横で真似をした。寝袋の中で眠ろうと四苦八苦していたぼくの身体は強張ったままだったから、身体を反らすようにして大きく伸ばすと心地よい痛みが全身を走り抜けていく。
 吹きさらしの屋上からは、ずっと遠くまで見通すことができた。まばらな街灯が地上の星みたいに輝いている。休日の夜明け前、まだ多くの人は寝入ったままなのだろう。ぼくの視界に動くものはほとんど見えない。
「うん、夜明けまであと一時間くらいかな。空が明るくなり始めてるし」
 ぼくも空を見上げた。空を覆ったままの雲の色は、真夜中とはあきらかに違っている。見ている間にも、少しずつ明るさを増しているような気がした。
「てっきりついて来ないって思ってた、あんなことの後だから」
 フェンスに手をかけたまま、遠くの景色を眺めながら尚輝が言った。
 ぼくも遠くを眺めるふりをする。でも正面に広がる夜明け前の景色よりも、ぼくの注意は尚輝に向いていた。
「だってさ――、発情期の、さかりのついた犬や猫じゃないだろ。すっかり落ち着いてたみたいだったし、ちゃんと話がしたい――、そう思って……」
 ぼくは言いながら、ちらちらと尚輝の様子を盗み見た。緩やかな風に少し癖のある髪が揺れている。落ち着いた穏やかな表情で、とてもあんな事をするようには思えない。
「あ、ごめんなさい……、ひどいこと言っちゃった」
「あはは、そりゃいい、あの時はそんな感じだったかもな」
 乾いた声で尚輝が笑った。
「さっき、合宿所で声をかけてくれただろ。ぼくは眠れなくって、でも眠らなきゃって思ってジリジリしながら焦ってた。あの声を聴いたとき、すごくホッとした」
 ぼくは息苦しくて眠れなかった合宿所の空気を思い出していた。でも一人だったら、抜け出ることなんて思いもつかなかっただろう。尚輝が声をかけてくれなかったら、いまでもあの暗がりの中で息苦しさに耐えながら悶々としていたに違いない。
「……」
 相変わらず尚輝は遠くを見たままだ。でも、その沈黙は会話を拒否しているような冷たい雰囲気じゃない。ぼくの次の言葉を待っている――、そんな気がした。ぼくはその雰囲気に勇気を得て、さらに言葉を続けた。
「ぼくのこと思ってくれてたんだな、そう思ったらすごく嬉しかったんだ、だから一緒にいたい、話がしたい――、って思った」
 フェンスの上の尚輝の手に、ぼくは自分の手をそっと重ねた。
 ほのかに暖かい、尚輝の手の感触が伝わってくる。ぼくの行動はきっと予想外だったのだろう。少し驚いたような尚輝の視線を感じながら、ぼくは身じろぎもせず、遠くの山並みを見つめていた。
 雲の切れ目から見える空の色は、明らかに朝の気配を漂わせている。ぼくらの頬を夜明けの風が優しく撫でていた。




 もう梅雨入りしたっていうのに、めずらしく青空が広がっている。
 ほんの二、三日前までは梅雨らしく湿気のひどいイヤな天気が続いていた。でも今日は五月の頃みたいな爽やかな晴天で、湿気の少ない乾いた空気につつまれている。毎朝、必ず新聞の天気図を見ているのだけど――天文部に入って、もうすっかり身についた習慣だった――、あのクソ忌々しい梅雨前線が日本の遥か南の方まで下がっているから、明後日くらいまでは、こんな天気が続きそうだ。
「こんないい日にかぎって、部活がないんだからなあ」
 ぼくの傍らで、尚輝がつぶやいた。
 ぼくらは同じクラスで、部活も同じ天文部だ。でも今週は期末テストの一週間前で部活は禁止期間だから、おとなしく家に帰るしかない。ぼくらは並んで歩きながら、校門を出たところだった。
「うちの部って明るいうちは暇なんだけど、部活がなければないでつまんないな。それに早く帰ったからって勉強しないし。まあ、するふりはするけど……」
「あはは、同じだな」
 ぼくを見ながら尚輝も笑った。
 今日の天気と同じで、とても爽やかな笑顔だ。もちろん、そう思っても口には出せないのだけど。こいつのいいところは笑顔だけじゃない。真面目だし、とても頼りになるし、ぼくなんかとは頭の出来だって違う気がする。うちの学校は歴史だけは古いけど、進学校って雰囲気じゃなくないから勉強のほうはのんびりしている。はじめての授業の日、数学の先生が――ぼくはあいつが嫌いなんだけど――、実力を試すと称して、やけに難しい問題を皆に課したことがあった。
 みんなが沈黙してうつむいてしまったなかで、尚輝だけが手を上げて黒板に向かった。みんなが注目するなかで、難問を平然とスラスラって解いたときは、もう拍手喝采したい気分だった。それはきっとクラス全体がそう思ったに違いない。あの先生を含めて、全員が目を丸くしてたから。それを自慢するわけでもなく『たまたま受験勉強でやったのと同じだったから』、そう言いながら照れて笑ってた姿は今でも鮮やかに思い出すことができたし、こいつに代わって、ぼくが自慢したいくらいだった。それからクラスの皆がこいつに一目置いているのは確かだったし、それはぼくも同じだ。
「あれ、月が出てる」
 建物の間に半月を少し過ぎた月が顔を見せていた。東側の空、それほど高くない位置。学校は坂の上にあって見晴らしがいいから気づいたけど、そうじゃなかったら気づかなかったはずだ。「しばらく雨ばかりだったから、眺めるの久しぶりだな」
「うん」
 何日か前に雲の間に見えてた月は、まだ細くて三日月ぐらいだったと思う。あれから曇りや雨の日が続いてたから、いま見ている月は、久しぶり見た月の姿だった。
「なあ、一緒に月を見ない?」
 悪戯っぽく笑いながら、尚輝がぼくに囁きかけた。いっしょに悪戯をしかけよう――、そんな子供みたいな笑顔で。「うちにも望遠鏡あるし」
「あれ、そうなの」
「言わなかったっけ」
 少し不満そうな顔をして、尚輝がぼくの顔を覗き込んだ。
 ぼくを正面から見ている尚輝の顔を見ていると、条件反射みたいに胸の鼓動が高鳴ってしまう。目をそらすのも不自然に思えて、ぼくはどうすることもできなくなる。なにしろ尚輝は、ぼくが始めてキスをした、正確には『された』相手だったから。いきなり強く抱き寄せられて好きだ――、そう告られながら初めてのキスだった。
 あれからこの話はしたことがないし、尚輝もそんなそぶりを見せないけど、思い出すたびに変な気分になる。それは決してイヤな感じじゃない、ただ不思議としか言いようのない妙な甘酸っぱい気持ちがこみ上げてきて、ぼくは顔を見ていられなくなってしまう。
「望遠鏡の話、初めて聞くけど……」
 ぼくは上の空で答えていた。
「あれ――、ううん、やっぱり違うって。だって天文部の最初の日、自己紹介したとき言ったから」
「そうだったっけ」
 ぼくは頭を掻いた。言われてみれば、そんな気もしたからだ。部活の初顔合わせのとき、自己紹介しろ――、そう言われて、なにを話そうかって自分のことで頭が一杯だったから、人のことまで構っている余裕はなかったのだ。
「ごめん」
「いいんだ、樋口って、あの時かわいそうに思えるくらい上がってたもんなあ」
「そうだったかな」
「うん。でもとっても可愛かった、一生懸命、喋ってるって感じがして」
「……」
 ぼくは曖昧に笑った。可愛い――、そう言われて、どう反応していいのか良くわからなかったし、その言葉に身体のほうが馬鹿正直に反応して、照れて顔が火照ってきてたから、誤魔化そうとしたら笑うしかなったのだ。
「あ、ごめん、変なこと言っちゃったな。困らせるつもりはなかったんだ……、それでどうする?」
「ん?」
「うちに来るか、ってさ」
 このまま別れたくない、なんか物足りない――、そんな思いがぼくの中で、静かに大きくなっていく。もちろん明日になれば、また学校で会えるのだ。だけど、そんな言い訳が屁理屈みたいに、まったく意味のないものに思えてしまう。
 いまここで別れてしまえば、もう永久に離れ離れになってしまうかも……、そんな心細さに、ぼくは怯えてたのだ。
「尚輝って電車で通学してたよね」
「ああ、そうだけど」
「じゃ、こっちだな」
 ぼくは自分の家とは反対の方向へ――、駅に向かう長い坂道を尚輝の前に立って歩き出していた。ぼくを追ってくる尚輝の足音を心強く思いながら。


「樋口、樋口ったら」
「えっ」
 尚輝の声に、ぼくは足を止め振り返ろうとした。「わっ!」
 そのとたん、ぼくは情けない悲鳴みたいな声を上げ、危うく転ぶところだった。緩いけど長い坂道を勢いよく歩いてたから、足がもつれてバランスを崩してしまったのだ。かろうじて尚輝が差しだしてくれた腕にしがみつく。みっともなく転ぶことだけは回避できたけど、次の瞬間には、まるで抱かれるみたいな格好で、ぼくは尚輝の腕の中にいた。
「危なっかしいなあ」
 苦笑いを浮かべる尚輝の顔が、ぼくの目の前にあった。こんなにアップでこいつの顔をみたのは、あのとき以来だった。「あ……、ありがと、助かった」
「ま。いいけどさ、転ばなくてよかったな」
「ほんと危なかった……」
 気恥ずかしさに顔を真っ赤にして、ぼくは頷いた。まさかこんなところで抱き合うなんて思いもしなかったし、やることが間抜けすぎて、自分のことながら情けなくなってしまう。道端に転がったカバンを手を伸ばして拾い上げながら、ぼくは尚輝から身を離した。「もう大丈夫だよ、ひとりで立てるから」
「樋口は軽いんだな、びっくりした。でもそれで助かったよ、もう少しで道連れになって二人とも転ぶとこだったし」
「あはは……、ごめん」
 ぼくは二人して折り重なるように転ぶ様子を想像して、頭を掻いた。自分だけ勝手に転んだのならともかく、尚輝に怪我でもさせてしまったら笑ってなどいられなかっただろう。
 そんな自分を情けなく思いながら、ぼくは上目遣いで尚輝を見た。
「あれを見せようと思ったんだ、ほら」
 まるで今の出来事なんてなかったように尚輝は振り返ると、ぼくらが後にしたばかりの校舎を指差した。学校は小高い丘の上にあって、少し西に傾いた太陽の光に白く輝いていた。本当は薄汚れた壁なのに距離をおいて見ているせいか、まるで白亜の殿堂のようだ。その校舎の上に眩しく銀色に輝くドームの姿。
「凄いな!、こんなに光ってるとこ見たことないよ、毎日見てるハズなのに……」
 ぼくは呆気にとられた。こんなに輝いてるドームを見たことなかったからだ。ぼくが見慣れた光景は――家が近いから、見ようと思えばいつだって見えるのだ――、くすんだ銀色に鈍く光っているばかりで、今見てるほど魅力的な姿じゃない。
「凄いだろ」
 尚輝の顔は紅潮して、まるで自分のことのように自慢げだった。「まだ中学に行く前だったけど、何かの用事でこの近くに来たんだ、それで偶然だったけど輝くドーム見てさ、絶対この学校に行くって決めたんだ」
「へえ……」
 ぼくはドームと尚輝の顔を交互に眺めた。「そっか、尚輝ってさ、ずっと前から星が好きだったんだ」
「そうだよ、樋口は違うの?」
「うん、そりゃ興味がまったく無かったわけじゃないけどさ……」
 ぼくは正直に告白した。「新入生の勧誘の日、江坂先輩が勧誘そっちのけで、トランプやってたんだ、不真面目っていうか、なんか変なとこあるんだなあ、って珍しく思って遠くから見てた、そうしたら一緒に遊ばないか、人数足りないからって誘われてさ。それで気がついたら入部届け書かされてた……」
「あはは、なんだか江坂先輩らしいな、それに樋口も」
 楽しそうに笑う尚輝を見て、ぼくはホッとした。「それに学校を決めたのたって一番近い学校だったからだし、尚輝みたいに特別な理由があるわけじゃない」
「高級な理由も低級な理由もそんなのないからさ、理由がいろいろあっても、いいと思うんだ、それに今は仲間なんだし、そうだろ」
「うん、仲間か……、なんかいいな、それ」
 ぼくは口の中でもう一度、その言葉を繰り返した。単なるクラスメートではなくて、もう一歩だけ親密な――、そんな感じがして。
「ほら、見て」
 尚輝がもう一度、ドームを指差した。
 ぼくらが見つめているなか、少しずつ輝きが失せていく。
 べつに日が翳ったわけじゃない。きっと微妙な角度の関係で一ヶ所から煌く様子を見せるのは、ごく短い時間なのだ。さいごに一瞬、キラキラと燃え上がるように輝いた後、ドームはいつもの見慣れたくすんだ鈍い銀色の姿に戻っていた。不思議なくらい白く輝いていた校舎の壁も、すっかり色褪せてしまってる。
「戻っちゃったな……」
 まるで奇跡でも目撃したような気がする。それでも再び輝きが戻るような気がして、ぼくはジッとドームから目が離せなかった。
「子供のころにこの景色を見たのも、きっと運命だった――、そんな気がする、あんなに輝いてなかったら、きっと気がつかなかっただろうし。そして樋口にも会えたんだ」
 尚輝の言葉は、自分自身に言い聞かせるような口調だった。
 その言葉に少し驚いて、ドームを見つめたままの尚輝の横顔を、ぼくはそっと窺い見た。その顔に浮かんでいたのは、穏やかな微笑にも似た表情だった。
 ぼくは今まで自分の運命なんで考えたこともない。
 なるようにしかならないし、その時々の偶然に流されるしかない――、その程度のものだって思ってたから。でもこうしてドームの煌きを、二人一緒に眺めたことも、ぼくらの運命だったとしたら、まんざらでもないような気がする。
「うわあ、しまった!」
 その頓狂な声に、うっとりと尚輝の顔を眺めてた、ぼくは現実に引き戻された。
「どうしたの?」
「この時間、電車の本数が少なくってさ、乗り遅れると三十分待ちなんだ、急ごう!」
「あ、待ってってば」
 ぼくも不意に駆け出した尚輝の背中を見ながら走り出した。どこか遠くから、かすかだったけど遮断機の降りる音が聞こえたような気がする。そんな音に背中を押されながら、ぼくは尚輝との距離を少しでも縮めようと、懸命に走り続けた。


「ねえ! 切符はどうするのさ!」
 ぼくは駆けながら叫んだ。
 小さな駅舎は、もう目前だった。学校から続く長い坂道はすでに終わり、平坦な道をぼくらは駆けていた。近くの踏切の甲高い警報音が鳴り響き、きしむようなブレーキ音を響かせながら、ホームへ滑りこんでくる緑色の電車の姿がぼくの目に飛び込んでくる。
「大丈夫、車内でも買えるからっ!」
 ぼくらは改札を走り抜けた。
 尚輝は手に持った定期を閃かすように駅員へ見せ、ぼくは手を上げて会釈しながら。きっと駅員もこういう場面は慣れているのだろう、早く行けといわんばかりに軽く手を振ったように、ぼくには見えた。
「こっちだ! 早く!」
 プシュ――、気の抜けるようなドアの開く音。それは、ぼくらがちょうどホームをつなぐ跨橋の階段を上りきったときだ。転がる落ちるような勢いで階段を駆け下り、そのままの勢いで、ぼくらは電車に飛び乗った。まるでぼくらを待っていたみたいにドアが閉まり、電車がゆっくりと動き出す。
「間に合った!」
「はははは!」
 ぼくらは互いの顔を指差し、それでも飽き足らなくて、互いに肩を抱きながら笑った。
 二人とも大きく肩で息をしながら――、なにしろ膝はガクガクするし、息は苦しいし、身体の中にストーブでもあるみたいに身体が火照るし、額からは汗が滝みたいに流れるし――、何が面白いのか自分でもわからないままに、ぼくらは笑い声を上げていた。身体の奥から汗と一緒に笑いの衝動が湧き上がってくる――、そんな感じだ。
 周りの人たちがおかしな目でぼくらを眺めていたことにも気づいてたけど、まったく気にはならない。なにしろ、こんな愉快な気分で一気に駆けた事なんで初めての体験だったから。走ることがこんなに楽しいなんて思ったこともなかった。体育の授業なんか仕方なくイヤイヤ走ってたし、いままでは一度だって楽しいなんて思ったことはなかったから。
 次の駅に電車が着き、そして発車する頃には、ぼくらの笑いの発作はようやく収まっていたし、窓の外を流れていく景色を眺めるくらいの余裕も戻っていた。
 電車がカーブにさしかかり、ブレーキの音を響かせながら傾いた。尚輝は慣れた感じで何ともなさそうだったけど、ぼくはよろめいて尚輝にしがみつく。そして肝心なことを、すっかり忘れていたことに気がついた。
「あ、しまった。切符、買わなきゃ――、すっかり忘れてた」
「もう着いちゃうからさ、駅で清算すればいいよ」
 ぼくらはまるで、それが自然なことみたいに互いの肩を抱いたまま、額をくっつけ合うようにして互いの顔を眺めながら話していた。
「ああ。そうか。でも、もう着いちゃうのか……、けっこう近いんだ」
 そんな何でもないことが妙に面白く思えて、ぼくはくすくすと笑った。
「いつもはもっと長く感じるんだけどな」
 つられるように尚輝も微笑んだ。尚輝のまだ火照ったままの頬を汗の雫がゆっくりと伝い落ちていく。その雫が首筋から制服の襟元へと消えていったころ、電車は明らかに減速を始める。それが合図だったかのように尚輝は床に置いたカバンへ手を伸ばした。ぼくもそれを見習って、降りる準備を始めた。


「やっと着いた」
 そう言いながら足を止めた尚輝の傍らで、ぼくも立ち止まって門柱の表札を眺めた。津川、それが尚輝の姓だ。その両隣にも似たような――似てるというよりも全く同じだった、庭木とかも含めて何もかも――家が並んでいたから、うっかりしていると間違えて入っていまいそうな気がして、思わず笑ってしまう。
「そんじゃ、入れよ」
「うん、お邪魔します」
 ぼくは緊張しながら、尚輝のあとに続いて玄関に入った。家の中は静かだった、奥のほうからゲームの音らしきものが、かすかに聞こえてくる以外は。
「いま、弟しかいないからさ、そんなに緊張しなくてもいいよ」
 見透かしたような尚輝の言葉に、ぼくはビクッとして顔を上げる。
「へー、弟がいるんだ」
「そうだよ、憎たらしいことばかり言う奴だけど、昔は可愛かったけどなあ」
「なるほどねえ、でもなんだか羨ましいよ、ぼく一人っ子だし」
「そっか、一人っ子なんだ。おれたちって意外に互いのこと知らないんだな」
 その言葉に、ぼくは頷いた。
 初めて会ってから、ようやく四ヶ月ばかりだけど、ぼくはこいつの何を知っているんだろう――、って思いながら。ぼくが知っているのは、こいつはガリ勉てタイプでもないのに勉強ができること、星好きなこと、そして、ぼくのことが好きだってこと……、それだけかもしれない。
「こんど、うちに遊びに来るといいよ、尚輝もさ」
「そうだな、楽しみにしてる」
 そんなことを話しながら、ぼくらは階段を上っていった。
「ここがおれの部屋」
 入れよ――、そう目で合図する尚輝に促されて、ぼくは部屋に入った。
 きれいに片付いている――、それが最初の印象だった。
 本棚に並んでる本の背もきちんと揃っているし、机の上も整理されている。それに較べて、ぼくの部屋は……。さっき尚輝を誘ったのはいいけど、この部屋を見た後では、さすがに恥ずかしい。家に帰ったら、さっそく掃除だな――、ぼくはそう心に決めた。
 ぼくは本棚の赤い背表紙の何冊かの参考書に目をとめた。大学の名前が書かれてて、もう進学とか考えてるんだ――、そう思って感心したから。そんなことはズッと遠い未来のこと、そんなふうにしか思ってなかったけど、考えてみればあと数年先のことでしかない。
「ほら、望遠鏡あるだろ、邪魔なんでバラしてあるけどさ」
「あ、ほんとだ。あれ? この架台って、部の備品のやつと似てるね」
「ああ、似てるだろ。こっちの方が、あれの廉価版なんだ。同じメーカーだし使い勝手は同じかな。さすがに頑丈さは値段の分だけ、ずいぶん違うけど。これをジャンクで見つけて――、ほとんどゴミかガラクタに近かったけどさ、油さしたり調整したりで、ようやく使えるようにしたんだ」
「すごいなあ」
 ぼくだったら――、そう思い始めている自分に気がついて、思わず苦笑してしまう。どんな些細なことだって、ぼくと尚輝――、そんな感じで目に映るものすべてを比較してしまいそうだったから。いつの間にか、ぼくの中で尚輝の存在が、とても大きくなっていることに今さらながら気づいて驚いてしまう。
「それじゃ運ばないとね、もちろん手伝ってくれるだろ」
「もちろん!」
 ぼくは思わず大声を出していた。
 呆れたような顔をして、尚輝はぼくを見ながら笑った。「いつもはベランダから見るんだけどさ、まだ月が低くて見えないから、近くの公園まで運ぶから手分けして持って行こう。たぶん二回ぐらいは往復しないとダメかな」


「あと小物だけだからさ、ここで待ってて」
 そう言い残して、足早に遠ざかって行く尚輝の後姿を、ぼくは目で追いかけていた。小さな街角の公園――ジャングルジムと砂場とブランコがあるだけだ――から尚輝の家までは直線で三十メートルほど。玄関に入り、あいつの姿が見えなってしまうと、とたんに心細くなってしまった。公園の中はもちろん、フェンス越しの道路にも人影はない。世界中でたった一人になってしまった――、そんな心細い心境だった。
「とりあえず――、そうだな。導入だけでもしておこうか」
 手持ち無沙汰なぼくは、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
 望遠鏡は口径が八十ミリ、鏡筒の長さはおよそ一メートルほどの屈折望遠鏡で、取り回しは楽な部類だ。望遠鏡が載っているのは赤道儀で、展望台に置いてあるような双眼鏡みたいに単純に上下・水平に動くわけじゃない。星の動きを追えるように軸が傾いているから、部活を始めた当初は慣れなくて、なかなか希望の方向へ向けられなくて四苦八苦した記憶がある。いまではそれほど苦労することはないけれど。架台のクランプを緩めてフリーに動くようにしてから、ぼくはファインダーを覗いた。まだでたらめな方向を向いているだけだから、丸く切り取られた青い空が見えているだけだ。
 ぼくはゆっくりと望遠鏡を月の方向へ向けていく。やがてファインダーに半月と満月の間くらいの月が入ってきた。ファインダーの中の十字の交点に月の姿を導きいれ、手を伸ばしてクランプを固定した。
 それから、ようやく望遠鏡の接眼レンズを覗き込む。青い空をバックに白い半透明の月が、ほとんど視野の中央に鎮座していた。きっと尚輝が根気よく調整したんだと思う。生真面目だからなあ――、尚輝の顔を思いながら、ぼくは感心した。
 まだ日没には遠くて北極星は見えなかったから、ほとんど適当に極軸を北に向けただけだ。モータードライブで架台を駆動させているとはいえ、ごくゆっくりと月の姿は流れていく。空に浮かぶクラゲみたいに半透明に見える月は、まだコントラストが低くてノッペリとした印象だったけど、それでも息を飲むくらい綺麗だった。
「こんにちは」
 うしろから声をかけられ、ぼくはビックリして振り返った。夢中になって望遠鏡を覗いていたから、人の気配なんて、まったく気づかなかったのだ。
「え、あの……。こんにちは」
 ぼくはドキマキしながら答えた。
 そこに立っていたのは、ぼくと同じくらいの年頃の少女だったからだ。少女――、そういうには大人びた感じがする。いくらか茶色っぽい、でも染めているわけでもなさそうなチョコレート色のまっすぐな髪が肩まで伸びていた。ぼくらの学校とは違った見慣れない制服を着ている。確かその制服は市内でも一番偏差値が高い、西高のものだったハズだ。
「ゴメンなさい、驚かしちゃったみたい。あなたはナオちゃんのお友だちでしょ」
 そう言いながら、人懐っこい魅力的な笑みを浮かべる。「てっきりナオちゃんとリョウくんかと思って来たみたんだけど……。わたし須藤奈緒、二人の隣の家に住んでるの」
 ナオちゃん――、ぼくは一瞬、誰のことなんだろって思ったけど、すぐに尚輝のことだと気がついた。リョウくんってのは、きっと尚輝の弟のことなんだろう――、そう勝手に解釈する。
「お隣って――、あっ、それじゃ、あのまったく同じ家の人なんだ」
 まったく同じように見えた、三軒並んだ家をぼくは思い浮かべた。
「そうそう、近所同士で仲がいいもんだから、なんでも真似しあって――、ナオちゃんの右側なんだけどね、うちは」
「間違えそうだよね、よく似ててさ。さっきそう思ったし」
 ぼくも笑った。間違えて上がりこむ――、ってことはないだろうけど、玄関とかで顔をあわせたら気まずそう、って思えたからだ。それからまだ自己紹介してないことに気づいて、あわてて付け加えた。「あ、ぼくは樋口、樋口遍っていうんだけど、尚輝とはおなじクラブなんだ」
「樋口くん、よろしくね」
「こちらこそ」
「ね、見せてもらってもいい?」
「あ、うん」
 ぼくは慌てて立っていた場所を譲る。
 入れ替わりにふんわりと、いい匂いがぼくの鼻腔をくすぐった。望遠鏡を覗こうと、少し前かがみになったとき、まっずくな髪がパラパラと流れるようにこぼれるのが見えた。
「わあ、キレイ!」
 明るい声が響いた。「ずっと前はナオちゃんに誘われてよく見せられたんだけど、すごく久しぶり」
 ぼくは空を見上げた。
 空の色がいくらか薄くなり、月の白い輝きが増したような気がする。
「なんだ、奈緒、来てたんか」
 聞きなれた声に、ぼくは思わず声のした方向を見た。尚輝がちょうど公園の入り口に立って、ぼくら二人の様子を眺めていた。
「あ、尚輝、遅かったね」
「アイピースに、それに菓子とか持ってきたから、用意するのに手間取ったんだ」
「あ、それ嬉しいな」
 ぼくが口を開く前に、茶目っ気たっぷりに奈緒の声。いつの間にか、ぼくと並ぶように立って、同じように尚輝を見ていた。
「おやつ、まだだし、ちょうどいいかも」
「さきに言っとくけどさ、お前の分はないからな、奈緒。だいたいコップだって二つしか持ってこなかったし」
 気安い、遠慮のない二人の会話に、ぼくはなんだか二人の間に入り込めなくて、置いてきぼりをくらったような気がする。
「いじわるなんだから、もう」
「お互い様だろ、それは。まあいいか……、それじゃ、しょうがないな。こっちのコップを使えよ。おれは樋口と一緒でいいから。今さらお前と間接キスしてもなあ――、嬉しくも何ともない」
「それじゃ、樋口くんなら嬉しいわけね」
 奈緒は尚輝がコンビニ袋から取り出した紙コップを受け取りながら、ぼくと尚輝を交互に眺めつつ、悪戯っぽく言う。
「バカ言うなよ」
 尚輝はそれだけを短く言うと、言い訳するような少し意味ありげな視線をぼくに向けた。その視線に気づいたぼくは、気恥ずかしさで顔が火照ってくるのを感じた。
「とりあえず、お茶しようぜ、お菓子もあるし。もう少し暗くなったほうが良く見えるしさ。それに今日は、走ったり運んだりで疲れただろ、樋口も」
「うん」
 ぼくは小さく頷いた。
 たしかに今日はいろいろあったような気がする。キラキラ輝くドームを見たり、思いっきり坂を駆け下ったり、電車の中で肩を抱き合って笑いあったり――、いつだって尚輝が横にいてくれた。二人一緒にいるだけで楽しかった。それがあまりにも自然で、それが当然みたいな気がしていたのだ。
 つい、さっきまでは。
(なんだろう、このヤな感じ……)
 心の中で、そっと呟く。二人の会話を聞いているだけで、苛立ちにも似た、得体の知れないモヤモヤした感情が、心の中に湧き上がっていたのだ。その感情が嫉妬だって気づくまでに、かなり時間が必要だった気がする。なぜなら尚輝と奈緒、二人の間に交わされていたのは、艶っぽい男女の会話なんかじゃなくて、ほんとうにありきたりな、近くに住むもの同士の軽口だったから。大事なものを不意に取り上げられたしまったような喪失感がぼくを包んでいた。ぼくは初めて自分本当の気持ちがわかったような気がした。
(ぼくは――、こいつのことが好きなんだ)

 ぼくたちは公園の小さなベンチに腰を下ろして――まんなかに尚輝が座り、左側にぼく、右側に奈緒だ――、ささやかなお茶会が始まった。ぼくは二人のお喋りを聞きながら、黙ってビスケットを齧っているだけだ。二人のお喋り――、それは息のあった漫才みたいなやりとりで、もしもぼくが尚輝に対して特別な感情を持ってなかったら、純粋に楽しめたと思う。
 でも今のぼくには楽しむどころか、じわじわと効いてくる拷問に等しかった。
「樋口くんて、おとなしいんだ」
 ぼくは視線を感じて、顔を上げた。少し腰を屈めるようにして、奈緒がぼくの顔を覗き込んでいる。きっとぼくの沈黙が気になったのだろう。それで気を回して声をかけてくれたに違いない。
「あ、少し疲れたかな、それに二人の話を聞いてるだけで楽しいから……」
 そんな嘘が澱みなく、ぼくの口から流れた。あまりにも滑らかすぎて、それに気がついたぼくはさらに気落ちしてしまった。嫉妬深くて、うそつき……、なんて自分てヤなやつだろうか――、そう思って。
「こいつって昔からおしゃべりだからな、うるさいだろ」
「んなことない、それよりアイピース持ってきたんだろ、ちょっと貸してよ」
 自分の口調が尖ってて、自分自身でも居心地が悪く感じられた。ますます自分がイヤになってくる。
「ああ、これ」
 ぼくはプラスチックのケースを受け取った。その入れ物は、べつに特別なものじゃない、お弁当とかに使う大き目のタッパーだ。半透明のフタ越しにスポンジが詰められて、等間隔にアイピース――接眼レンズが、並んでいるのが見えた。そのうち一つが空っぽなのは、いま望遠鏡についてるやつが入ってたんだろう。これもきっと尚輝の手製に違いない。
「借りるよ」
 それだけ言い残して、ぼくはベンチから立ち上がった。
 望遠鏡をふたたび覗いたとき、狭い視野からは月の姿は消えていた。
 微動のハンドルを動かして、もう一度、導入しなおす。さっきより、いくらか空が暗くなった分だけ、月の姿がずっとしっかりと確実なものになったような気がする。それから少し考えて、アイピースを交換した。ぼくは一番、焦点距離の短いものを選んだ。今まではおよそ四十倍くらいで月全体が眺められたけど、今度は百八十倍ということになる。
 ピントを合わせていくと、ゆらゆらと陽炎みたいに揺らめく月面の様子が浮かび上がってくる。欠け際の陰影がはっきりと際立って、手を伸ばせば届くんじゃないか――、そう錯覚してしまうくらいだ。視野いっぱいに広がった月の世界がゆっくりと移ろっていく。そこは空気も水もない死の世界なんだ――、そんな言葉が蘇ってくる。でもレンズ越しに覘く世界は死って言葉から連想するような単調なものじゃなくって、もっと饒舌な、もっと豊かなものを感じさせた。いま見ている月だけじゃなく、他の星々も含めて、見飽きない世界だと思う。ぼくは少し尚輝が羨ましくなった。もっと小さな頃から、こんな世界を知ってたに違いないからだ。
 ぼくは夢中になって、月を眺め続けていた。さっきのもやもやしたイヤな気持ちはいつのまにか消えてなくなっていることに気づいた。浄化――、そう云うと大げさかもしれない。でも確かに、ぼくの中からイヤなものは微塵もなくなっていたのだ。
 尚輝が星が好き――、そう言ってた理由がわかったような気がする。
「どう?」
 後ろから尚輝の声。なんとなく、嬉しくなってしまう。すぐ近くにいてくれてる――、そう思えるだけで。
「よく見えるよ、もう少し見せて」
「ああ、ゆっくり見ろよ、どうせ月は逃げないからな、今も昔も――、きっとおれたちが年寄りの爺さんになってもきっと変わらないんだから」


 テスト前って本当につまらない――、ぼくは溜息をつきながら、校門へ続く道を歩いていた。もちろん傍らには尚輝がいてくれる。でも、あと数分もしたら、ぼくらはお別れなのだ。ぼくたちは校門から先は、別々の方向へ向かわなきゃいけないから……。来週の月曜日から期末テストで、今日は金曜日。週末の二日間は会えない。そう思うだけで悲しくて、心が痛く、切なくなる。昨日は楽しかった――、そう思うと再び溜息が漏れた。
 ほんのちょっとの寄り道だったはずなのに、夕ご飯までご馳走になってしまい、二人でたっぷり過ごせたから。学校のこと、星のこと……、いろいろ話もできたし。尚輝に送られて、駅で別れてたときはもう九時を過ぎてたはずだ。
「ん、どうした? 溜息なんてついてさ」
 立ち止まり、心配そうに尚輝がぼくの顔を覗き込んだ。その目は優しくて、ぼくのことを本当に心配してることがよくわかる。ぼくは優しい目に誘われるまま、あやうく本当のことを――、尚輝と会えないから辛いんだ――、そう言ってしまうところだった。
 尚輝はぼくのことを好きだって言ってくれたし、ぼくが同じことを言っても何の問題もないはずだ。でも臆病なぼくは、口に出して言ってしまうのが怖かった。ぼくらの間の微妙なバランスが崩れてしまうのが怖くて。
 だから、いまのぼくには、よくわかる。
 あのとき――こいつがぼくを抱きしめて告白したときだ――、どんなにか勇気が必要だったか、ってことが。
「テスト前はつまらないから、部活ないし」
 また嘘だ。言い訳の嘘だけ上手になってる気がした、自己嫌悪。尚輝の前では、なぜ本当のことが言えないのだろう――、そう思うと、自分がイヤに、情けなくなってくる。
「そうだな、でもテストが終わればすぐ夏休みだし、合宿だってあるし」
「うん」
 気まずい思いを抱えて、ぼくは軽くうつむいたまま口をつぐんで歩き続けた。なんの話もできないまま、ぼくらは校門に着いてしまう。貴重な時間を浪費したみたいな気になって、もう一度、溜息をつきながら、ぼくは顔を上げ、尚輝を見た。
 ぼくと較べて尚輝はずっと無口だ。
 ぼくだって、別にそれほどお喋りという方じゃない。尚輝と一緒だと話を聞いて欲しくて、つい口数が多くなってしまうだけだ。たとえば昼休み、弁当の時とか。ぼくが喋り、尚輝は黙って相槌をうちながら、楽しそうに聞いているほうが多かった。ぼくらはいつも一緒にお昼を食べるのが日課だったけど、そのときだって先生の悪口だとか、昨日見たテレビの感想だとか、そんな毒にも薬にもならないような話をしているだけだ。ぼくらは――喋っているのはぼくのほうが圧倒的に多かったけど――、スズメみたいにさえずりながら時間を過ごすのが常だった。
「それじゃ……」
 ぼくは、しかたなく別れを切り出した。
「あ、ごめん。話があるんだ……」
 尚輝は、少し浮かない、でもいつもの真面目な顔をして、ぼくの顔を眺めていた。
「うん、なに?」
「あ、ここじゃ話しにくいから……、寄ってもいいかな、樋口んとこ」
「べつに構わないけど」
 少し言いにくそうにしてる尚輝の顔を見ていると、なんだろうって、少し不安な気分になってしまう。ここじゃ話せないような話って――、ぼくには想像もつかない。
 ぼくの部屋ってことは、二人っきりの秘密の話なんだ――、そう唐突に気づいて、不意に胸の動機が高鳴ってくる。
「ねえ、今日はうちでご飯食べてく?」
 ぼくは母さんに言われたことを思い出しながら訊ねた。たぶん昨日のお返しなんだと思うけど、機会があったら誘いなさい――、そう言われていたから。うちの母さんは妙に義理堅いところがあるのだ。
「ううん、今日は早めに帰るよ、だってテスト前だしな」
「そっか……、テストだもんな……。しょうがないよね……」
 ぼくは少し気落ちして答えた。テスト前――、それを言われると、なんの反論もできなくなる。黄門さまの印籠みたいなものだ。
「ほら、あそこが家だよ」
 ぼくは自分の家を指指した。
 そこは学校から普通に歩いて五分ばかりの場所だ。学校が近いから選んだんだ――、それは昨日、尚輝に話したことだけど、これだけ近いと、すんなりと納得してもらえそうな気がする。あまりに単純すぎて、笑えてくるような理由なんだけど。
「へえ、ほんとうに近いんだな」
「だろ」
 ひどく感心したような口調で尚輝が言うので、ぼくは自慢気に答えた。
「でも、樋口って何度も遅刻してるよな」
 思い出したみたいにクスクス笑いながら尚輝は続けた。「近すぎると遅刻するってのは本当なんだな、うん、これは真理だ」
「それは……、ちょっとね……」
 痛いところを突かれて、ぼくは言い澱んだ。入学して半年も経ってないのに、ぼくはもう四回も遅刻してしまっていたからだ。自分のことながら素晴らし過ぎる実績だとは思う。チャイムが鳴り終わるギリギリに教室に走りこんでくるなんてことは数知れず……。夜更かしして寝坊したとか言い訳はあるけど、一回も遅刻してない、しかも電車通学の尚輝には言いづらい。
「病気でもしたんだろうか、それとも事故とか――、ってけっこう心配するんだそ」
 冗談めかした尚輝の言葉。だけどクラスでもその他大勢に過ぎないぼくを心配してくれるのは、尚輝だけだと思う。冗談みたいに言ってるけど本当のことに違いない――、ぼくはそう感じた。ほかのやつだったら、『あれっ?』程度にしか思わないだろうからだ。ひょっとしたら、気づかないかもしれない。
「ごめん……、これからは気をつけるよ、遅刻しないように」
 ぼくはぺこりと頭を下げた。その反応に、少し満足そうな尚輝の視線を感じながら。
「それでよろしい」
 それからぼくらは互いの顔を指差しながら、笑いあった。尚輝の顔から、さっきまでの憂い顔が消えて、ぼくは心からホッと安堵していた。


「さあ、入って」
 ぼくは自分の部屋に尚輝を招き入れた。昨日の夜、家に帰ってからテスト勉強そっちのけで夜中までかかったけど、キレイに片付けたのだ。見えないところはそのままだし、少し居心地がわるくて自分には馴染まない気がするけど、少なくとも見られて恥ずかしいほどじゃないはずだ。
「いい感じの部屋だな」
 ぼくは椅子に腰をおろし、尚輝はベットの上に腰掛けて品定めするみたいにぼくの部屋を眺めた。「もっと男の子の部屋って感じで散らかってるのかな、って思ってた。意外とマメなんだな、樋口って」
「ほんとはさ、昨日の夜、片付けたんだ」
 ぼくは少し赤なりながら、正直に告白した。「尚輝のこと、見習わなきゃ――、って思ってさ。で脱線しちやったけど、話ってなんだったの?」
「うん、あのな……」
 今度は尚輝が言い澱んだ。言いにくそうに、きっかけを探すみたいに、あたこちに視線を彷徨わせている。
「そうだ、なにか飲むもの持ってこようか、のど渇いてない?」
 間がもたなくて、ぼくは腰を浮かしかけた。
「あ、いいんだ、ほんとに今日はすぐに帰るつもりだから……」
 尚輝はそれだけ言うと、意を決した様子でぼくをまっすぐに見つめた。
「なあ、昨日、会っただろ、奈緒――、須藤ってどう思った?」
「どうって――、可愛くて、いい子だなと思ったけど、それに優しい感じだったし……、でも、それがどうしたの?」
 ぼくは戸惑いながら、それでも素直に答えた。なぜ唐突に、そんな話が出てくるのか、わけがわからなかったからだ。昨日は、あまりにも尚輝と奈緒は親しげで、嫉妬してしまうほどだったけど、それはぼくの心が狭かったせいで、二人のせいじゃない。それに一晩たった今では、そんな悪感情は微塵も残ってなかったし……。ぼくはそのまま尚輝の次の言葉を待つしかなかった。
「樋口さえよかったら――、あいつと付き合わないか。あいつはいいやつだし、おれも安心して、おまえを……」
「ちょ、ちょっと!」
 ぼくは自分の耳を疑って、尚輝の言葉を遮った。それより先の言葉を尚輝の口から聞きたくなかった。「突然、なに言ってるんだよ、ぼくは、ぼくは……」
「頼むから、それ以上、なにも言わないでくれ、お願いだから」
 尚輝の言葉は悲鳴に近かった。「黙っておれの話を聞いて欲しいんだ」
「……」
 ぼくは凍りついてしまったみたいに、尚輝の顔を見つめるしかなかった。辛そうな苦悶の表情が、その顔に浮かんでいたからだ。
「おれは――、樋口も知ってるだろうけど、きっと男しか好きになれない。それに気づいたのは中学のときだった。ずっと仲良くしてたやつがいて、ある日